第12話 呪われた物と魔法習得
その日もぼくは、どうやっても机と椅子と一緒に姿を消す課題がこなせなかった。休憩がてらに様子を見に来た三郎丸に、ぼくは尋ねた。
「ねえ、机はいつも持ち歩いているの?」
「まさか。鍛錬にはなるだろうがな。魔法使いに、それほど筋肉は必要ないんだ。まあ、戦い方にもよるだろう。意外かもしれないが。格闘を好む、魔法使いは居るんだ。実際、俺も二葉もそうだ。が、やっぱり魔法使いとしては、珍しい方なんだ」
三郎丸は当惑顔のぼくを見て、多少後ろめたさを、爽やかな表情に浮かべながらにや付いた。
「じゃあ、どうしているの?」
「ああ。これは、普通の物とは違うんだ。学校に居れば、犬ころみたいにどこでも付いて来るし、誰かに見られないように、勝手に姿を消しもするんだ。そういう魔法を掛けたんだ」
三郎丸は、ずるしたみたいに頭を掻いた。
「そんな便利な物があるの。それじゃあ。ぼくもその魔法を掛けてもらえばいいじゃない。こんな面倒なことしなくてもいい」
ぼくは、思わず声を大にして喜んだ。三郎丸は反対に気難しそうに唇を歪め、苦笑いするように口を開いた。
「まあ、それが出来ればいいんだけどな。そうは上手くいかないんだ。これは自分で掛けなきゃ、駄目な魔法なんだとさ」
「そうなんだ。残念。他には方法は無いの?」
ぼくは落胆するのももどかしく、ちょっと期待もあってか、続けて質問した。
「あるにはある。取って置きのが。だが、そっちの方が難しそうなんだな」
「この前、言ってたの? じゃあ、それも駄目だね。なかなか世の中は、楽には行かないね」
ぼくは、暗い顔をした。しょげ返るぼくを、三郎丸は穏やかに励ました。
「そうとも限らない。呪いを掛けられた物については、ハジメから聞いているか?」
「うん、少しはね。でも、酷く危険な物だって」
「危険にも、色々あるんだ。そいつなら、比較的安全に扱えるはずなんだな」
ぼくはそれを聞いても、少しも元気が出なかった。三郎丸と魔法初心者のぼくとでは、安全の基準が違っている。
「それ、どうすればいいの?」
「はは、そこが一番の問題なんだな」
思った通り、上手い話には当然裏がある。結局、魔法の習得に近道は存在しない。三郎丸は、ぼくの方へ体を引き寄せた。
「いいか。やることは単純なんだ。要はその魔法の掛かった物に、直接触れればいいだけなんだ。これは、どんな魔法でも同じだ。ただ中には、恐ろしい呪いに掛かる物があるから、気を付けないと行けないがな。今回は、その心配はないだろう。つまり姿を消した物を探し出し、そいつを手で触れてやればいいんだ。だが、そいつは校内のどこに隠れているか分からない。しかも姿が見えない。おい、令。俺たちが消えているのを、見つけることが出来るか?」
ぼくは、まだ習ってないよと否定した。
「だよな。最初でくじけているんだからな」
三郎丸は、多少は情けないとたしなめるような口振りをした。ぼくは急に赤面し、返す言葉も出なかった。二葉が言う通り、ぼくは前の教室でもそうだったが、ここでもただに落ちこぼれなのだ。先が思い遣られる。
「まあ、そんなに落ち込むな」
「そうだ。三郎丸たちは、どうやって姿を消した人を見つけているの。そういう魔法を使っているわけ?」
三郎丸に優しく慰められると、ぼくは気を取り直して顔を上げた。
「確かに、そういう魔法は存在する。だが、俺たちはそんな魔法は使わないんだ。もっとも必要ないからな」
「へー。じゃあ、どうやっているの?」
「うん、魔法感知だな。それだけで、十分なんだ。上級者になると、これが使えなきゃ話にならなくなる。幾ら強力な魔法が使えても、相手の位置を把握していないと、それを当てることも出来ないしな。だが魔法感知は、上級者向けだ。困ったことに、これはそうやすやすと身に付くものじゃないんだ」
肩をすくめる三郎丸に、ぼくはつい不満を漏らした。
「じゃあ、ぼくはどうすればいいんだよ!」
三郎丸は、気の毒そうに愛想笑いを作った。背中を伸ばす間、思案するように視線を逸らした。それから、ぼくを再びじっと見た。
「遠回りになるかもしれないが、姿を消した者を見破る、魔法を覚えるしかないな。悪いが、俺はその魔法は教えられない。俺自身も使えないからな。そうだな。二葉なら、何でも知っていそうなんだが。俺は、あいつがその魔法を使っているところを、一度も見た記憶はないんだ」
三郎丸は腕組みをして、また物思いにふけるようだった。万策尽きたという顔をした。
「ありがとう、三郎丸。二葉に頼んでみるよ」
「ああ。何も力になれなくて悪いな、令」
「そんな事ないよ。助かったよ」
「そうか、へへ」
三郎丸は目を見開いて、ぼくを見詰めると、くすぐったそうにこめかみを掻いた。
昼前には、三郎丸と入れ替わって、二葉がげっそりした様子で教室へ戻ってきた。ぼくは、そんな二葉に悪いと躊躇いながらも、思い切って尋ねてみた。二葉は文句も言わず、答えてくれた。二葉は案外、人に頼まれるのが好きなのだろう。が、その時は、二葉は冴えない顔で口をすぼめた。
「私も使わないから、分からないわ。その魔法は上級者になれば、なるほど無意味になるのよ。聞いたでしょ、魔法感知のこと。それで、全て代用できるんだからね」
ぼくは、期待せずに聞き返した。
「でも、それって難しいんでしょ?」
「そうね。難しいというか。令は、魔法の経験が足りないのよ。魔法感知は、色々な魔法を肌で感じ取って、ようやく会得できるものなのね」
二葉はそう言って眉間に皺を寄せると、しばらく唸っていた。二葉の眉毛がひくつくたびに、何か名案を捻り出すようで、ぼくも体に力がこもった。まあ、無用な力みだった。
「そうだ。やっぱり私じゃ無理ね。それが分かったわ。でも、静に聞いてみなさい。彼女なら、その辺の魔法に精通しているから、知っているはずよ。恐らくね」
二葉は言い終わると、急にバタンと机の上へ顔を伏せた切り、電池の切れたオモチャみたいに動かなくなった。その状態で聞こえているか分からないが一応、二葉にお礼を言った。お疲れ様か、大丈夫の方が適切だったかもしれない。
さて困った。ぼくは、一度も静と会話を交わしたことがない。彼女の居場所も分からない。静は、元々おしゃべりな方ではないようだ。誰かと話しているところを見たこともなかった。目立たない子という形容が、ぴったりだった。日の出前に、どこかでひっそり花開き、日暮れには誰にも知られずに花弁を閉じる、草花のような女の子だった。
ところが、ぼくが探す前に、静の方から近づいてきた。どうも静は、さっきのぼくと二葉とのやり取りをどこかで聞いていたようだ。
「呪文だけなら教えられる。でも、やり方は教えられない。それでもいい?」
「それでいいよ」
静は、必要最低限の言葉しか使わなかった。彼女は誰かと話すときは、いつも物静かな横顔を向け、他の場所を真っ直ぐに見詰めている。ぼくが彼女の視線を求めても、無駄だった。そんな事をしても、かえって彼女に嫌われるだけだ。
「教えるよ。確か隠れし者の姿を暴け! だったと思うけど、やってみるから待って」
静がそう呪文を唱えると、彼女の体から木漏れ日に似た穏やかな白い光の波が発せられた。その波が周囲に波紋のように広がると、次々と姿を消していた生徒たちが現れ、みんな驚いたみたいに顔を上げた。
「呪文を間違えた!」
静は顔を真っ赤にし、俯いてそう呟いた。豪快な笑い声がした。ハジメがこちらを見ていた。
「久し振りに、こんな魔法を食らったよ」
静は自分の失敗を繕うように、続け様に呪文を訂正した。早口でそれを唱えた。
「隠れし者を見破れだった」
「隠れし者を見破れ!」
ぼくは、静の後に続けた。呪文を詠唱しただけだった。度の強い眼鏡を掛けたときのように、景色が歪んだ。ぼくは、どこかでこれと同じ体験をしている。目がくらくらした。ぼくは堪らず、静に頼んだ。
「ねえ、これどうやって元に戻すの?」
「戻す? この魔法は簡単じゃないと思う。令、この魔法が使えるの? 言い忘れていたけど。この魔法は眼鏡を掛けたみたいに、景色が歪む。魔法を止めるには、色々あるけど。これは簡単、瞬き三度で解除できるはず」
静は向こうを見て、ぼそぼそ答えた。ぼくは静の横顔を見たまま、瞬きを三度した。ぱちぱちぱちと、女の子がストップモーションのように一瞬、ぼくを認めて、景色が元に戻った。こんな魔法使えるなんて凄いと、ぼくは感動していた。ようやく魔法らしい物が使えて、嬉しくなった。が、これからが本番だ。
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