第10話 覗き穴と小休止

 放課後、ぼくが尖塔の教室で一人居ると、三郎丸の声がした。いつの間にか、ぼくの隣で三郎丸が人懐っこそうに微笑み掛けたいた。

「令、腕の調子はどうだ?」

「あっ、三郎丸! うん、大丈夫」

「そうか。良かったな。それで、何を見ていたんだ?」

「えっ、ああ。ここにね、覗き穴があるんだ。ここから外の景色が眺められるんだ。知ってた?」

 ぼくはクリーム色の壁を前にして、その豆粒ほどの穴から校庭を見下ろしていた。

「へー、どれどれ。なるほど。生徒が蟻んこみたいに、小っちゃく見えるな。みんなバラバラに下校して行くぞ。へへ」

 三郎丸は、すっかり童心に戻った気分で片目をつぶり、面白そうに薄く小麦色した顔を壁に押し付けていた。ぼくは三郎丸の横顔を確かめ、思い出したみたいに聞いた。

「ぼく消えていたのに、どうして分かったの?」

「あれ、言ってなかったっけ? 魔法使いは、姿を消しても相手を見破る方法が、幾つもあるんだ。まあ、今は気にしなくてもいい。取りあえず、ハジに言われた課題をこなそうな」

 ぼくは、うんと返事した。が、そう言われると、妙に後を引いた。どうやって見破るのか? 幾つもあると言うからには、そのうちの一つくらいは、ぼくにも出来そうに思える。

「でも、よく気付いたな。こんな所に覗き穴があるなんて」

 三郎丸が壁から顔を離し、ぼくを見た。片目はつぶったままだった。ぼくをくすりとさせた。

「そうじゃないよ。ハジメが教えてくれたんだ。これも魔法の鍛錬になるんだって」

「へー、どんな鍛錬になるんだろうな。まあ、どんな魔法でも意識しないで出来るようにならないと、いざという時に、使い物にならないからな。そういうのに、役立つのかもしれないな」

 ぼくには、今一つ三郎丸の言った意図が理解できなかった。それを考えているうちに、二葉がげっそりした表情をして、教室へ戻ってきた。この頃は、一段と容姿も態度も老け込んだように見える。

「令。あんた、まだここに居たの。ハジメが早く下校して、ゆっくり休みなさいって言ってたわよ。ああ、それから。明日は遅れた分を取り戻すように、猛特訓するから覚悟しなさいって。とにかく、大急ぎで今の課題を片付けないとね」

 二葉は意地悪そうに、口角の片側を吊り上げた。が、そこからたちまち疲れがにじみ出てきてうな垂れた。すっと机と椅子が現れ、二葉はそれへ倒れ込むように座った。休息が必要なのは、ぼくより二葉の方だと同情を寄せた。

「どうして、そんなに急ぐの?」

 ぼくは、机の上へ頬をくっ付けて、小休止に入った二葉に尋ねた。

「どうして? そんなの当たり前じゃない。令も、いつまでも初心者って訳には居られないでしょ。いつも私たちが面倒見ていられないんだからね。それに。あれ、言ってなかった?」

 ぼくは、機敏な犬みたいに首を振る。二葉は、薄い唇を突き出して歪めた。

「最近、妙な奴らがこの界隈に出没しているのよ」

「妙な奴ら?」

 二葉の返事は無かった。疲れたような寝息が聞こえてきた。顔を上げると、三郎丸と目が合った。三郎丸も二葉が眠ったのを確かめていた。

「多分、隣町の奴らだな。令は、一般教養のこともあるけど。ハジメは、早く俺たちと合流させたいんだろ。その方が、目の届く所に置いておけるから安心だからな」

「三郎丸たちは、今何をやっているの?」

「俺たちか? まあ、令にもそろそろ話してもいいだろう。本当は、ハジメの口から聞くのが本来なんだが。そうだな。一言で言えば、より実践的な魔法の訓練かな」

 三郎丸は、ちょっと勿体振るような言い方をした。が、あまりピンと来ないぼくに、三郎丸が付け加えた。

「うーん。まあ、実際にやってみないと、イメージし辛いと思うが。要は具体的な敵を想定した、演習なんだよ。あるいは、あまり危険の少ない実践もある」

「敵? 敵って誰と戦うの?」

「誰とは、簡単には言えないけどな。まあ、俺たちと同じ魔法使いやら、魔法に匹敵する、強力な力を手にした犯罪者なんかが居るな」

 三郎丸は、すっかり机の上にあぐらを掻いて、くつろいでいる。

「化け物も居るわよ。あと神様もね。ううう」

 眠っていると思った、二葉の声がした。寝言を言うみたいな声だった。

「えっ、神様まで。随分と敵が多いんだね」

 ぼくは二葉の言葉を聞くと、間違って悪役の仲間になってしまったのかもしれないと不安になった。三郎丸は、そんなぼくを見抜いてか、力強く励ました。

「心配するな、令。神様なんて、滅多に出会えるもんじゃないんだ。そんな奴とは、真面に相手してたら、命が幾つあっても足りないからな。もっとも、令は零の左腕に触れているからな。零だって、神様に匹敵する力を持っていたって聞くんだ。そんなに臆することはないと思うぞ。まあ、俺にそんな手に余るような力、与えられても困るがな」

「ぼくだって、そうだよ」

「ははは。まあ、運命だと思って諦めるしかない」

 暗い顔をするぼくに、三郎丸は目を細めて苦笑いした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る