バレンタイン

「失敗してしまいました……」


 オーブンレンジから取り出したフォンダンショコラは、見るも無残にしぼんでいた。

 レシピ本に載っている美しい完成写真には似ても似つかぬ仕上がりに、私は肩をがっくりと落とした。


 仕方ない。


 本当は嫌だけれど、でも、こんな失敗作をしんちゃんに食べさせる訳にはいかないもの。


 慌ててオーブンから取り出した時に、火傷した指がヒリヒリと痛む。


 デパートで買った高級チョコレートの袋に、ドラッグストアで買った絆創膏を放り込んだ。


 バレンタイン。


 しんちゃんと逢うことが叶わなかった今までは、無縁のイベントだった。

 パパは私からのチョコを貰いたがっていたけれど、私はしんちゃん以外の人に、何かを手作りすることはしなかった。


 でも、練習だけはしておくべきだった。

 簡単そうにみえたレシピの通りにやってみても、思うようにはいかなかったから。


 今更そんなことを思っても仕方がない。


 もう一回作り直しても上手くいく保証はない。

 時間も、材料もない。


 私は悲しい気持ちのまま、失敗作を放置して眠りに就いた。



 次の日、バレンタインデー当日。

 私は放課後、しんちゃんを家に招いた。

 自室で、有名店の包み紙に守られたチョコレートを差し出すと、しんちゃんは不思議そうな顔をして私に尋ねた。



「空園くんが作ったやつじゃないのかい?」



 あぁ、そうだった。

 しんちゃんに隠し事など、出来ないのだ。


 時々信じられないくらいに鈍いこの人は、けれど他の誰よりも鋭くて、きっと私の火傷に気付いていたに違いない。


 私はしんちゃんを伴って、台所へ向かった。

 ピカピカの台所の一角に、私の悲しい塊が鎮座している。


 しんちゃんは、そのしぼんだフォンダンショコラを躊躇いもなく口に放り込み、そしてごくりと飲み込んだ。



「ありがとう、来年も、楽しみにしてるね」


「し、しんちゃん……!」



 私はしんちゃんの小指に自分の小指を絡ませて、ぶんぶんと振り回した。


 来年は、来年こそは美味しくて綺麗なフォンダンショコラを、しんちゃんに食べさせますと約束して。



Happy Valentine♡

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