121.大沼公園①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)


私には、大学生の頃から、社会人になった今でもつき合いのある、

マナという友人がいました。


彼女は私とは正反対に、オカルト方面にはいっさい興味がなく、

なんなら、まったく信じていないタイプ。


そんな豪快でのんびりしたマナとはよく気もあって、

社会人になってからも、よく休みを合わせて遊んでいました。


そんな仲のいい友人であるマナは、会社の社宅に暮らしていたのですが、

社宅が老朽化で立て直しになるとかで、一時、住居を移すことになったのです。


そして、その場所というのが――。


(……よりによって、ココ)


電車を下り、彼女にメッセージを送ってもらった住所を

スマホのナビにセットして、歩道をゆっくりと歩き始めました。


会社から、短期の住居としていくつか提示されたうちの、一つ。

あまり大小を気にとめない、彼女が選んだ立地というのが、


(この……大沼公園のそば、なんて)


そこは、町の中心街から外れた、郊外の巨大な自然公園。


正式には、地名を冠した別の名前があるのですが、

この公園にたいするいわれから、一般的にはそう呼ばれていました。


そのいわれというのが、また、オカルト要素満載で。


公園の、一番奥まった場所。


そこに底なし沼かと思われるほど深い沼があり、

足を滑らせてそこに転落し、おぼれ死ぬという事件が多発した、と。


当然、その沼は危険地帯として立ち入り禁止になり、

いまではすっかり水も抜き取られ、代わりに慰霊碑が設置されています。


しかし、今や存在しないその森の奥で、

まるで導かれるかのように自殺を試みる者が後をたたず、

自殺の名所として、不名誉な知名度を誇る公園なのです。


オマケに、今そこには森しかないはずなのに、

ごくまれに、水死体のような遺体が発見されるとされ、

沼はまだ『生きている』なんて話が出る始末――。


(……本当、なのかな)


怖い気持ちと、すこしだけ楽しみな気持ち。


ごちゃまぜな気分で、うす暗い夜の道を歩いていると、

ふと前方からにぎやかな声がきこえてきました。


「……だからさぁ、沼が現れるんだっつー話」

「はぁ、なにそれ? それのドコがおもしろいわけ?」

「いや、そこからゾンビみたいに死体がぬーって現れるんだってよ」


ワイワイとオカルト話に花を咲かせているのは、

パッと見、大学生くらいの男女四人組です。


のんびりと遅い足取りで、私と同じ進行方向へ向かっているようでした。


(これ……あの公園のこと、だろうな)


私はスマホのナビに目を落としつつ、

彼らの会話を聞き取ろうと耳をそばだてました。


「えー、気持ち悪ッ。ほんとにそんなん出るの?」

「いやー、けっこう見てるヤツいるって話。ほら、ナオトの彼女いるじゃん?

 あの子、ここ来てマジで見ちゃってさ。今寝込んでるって」

「あ、そういやー大学来てないわ。呪われた、ってやつ?」

「それか、とり憑かれたのかもなー、なーんて」


ケラケラと冗談半分で笑う集団は、

そのまままっすぐ、公園の方向へ向かっていきます。


(もー……肝試し連中がバンバン来る公園のそばに

 住むなんて……度胸あるよ、マナ)


のほほんと笑う友人を改めて尊敬しつつ、

彼らの向かった直線には進まず、

途中の道を一本、右へと曲がりました。


「……あ、ここだ」


公園に沿うように存在する、築四十年程度の古びた建物。

それこそ、彼女が今住んでいるアパートでした。


「おーっ、よくきてくれたねぇ!」

「よくきてくれた……じゃないよ! なんてトコに住んでんのよ」

「あっはは。ま、いーじゃん? 緑がすぐそばにあるっていいモンだよ」


友人はまったく恐怖のカケラもないそぶりで、

私を部屋の中へと招き入れてくれました。


「そりゃあ、なんてコトのない普通の公園だったら、

 私だってなんにも言わないけど……」


ブツブツと小さく呟きつつ、そのまま家へと上がりこみます。


「大丈夫だって! だって、あたしもう三か月くらいいるけど、

 なーんにもないもん、霊現象なんて」

「……ほんとにー?」

「ナイナイ。なんだっけ、あの……ラップ音? とかもないし、

 幽霊なんて、かげも形も見てないし」

「そっか……なら、まぁいいけど」


マナはいつもこんなで、あっけらかんとしているので、

友人としてとても居心地がいいぶん、少々心配にもなるのです。


買ってきた夕食をテーブルに置きつつ、

飲み物の用意をしてくれる彼女の背中に語り掛けました。


「でも、困るでしょ? このあたり、夜もさわがしいんじゃない?」

「夜? ……あ~~」


心当たりでもあったのか、マナはガラスコップを

棚からとりだしながら、苦笑いをうかべます。


そんな彼女の横顔に、さらに私は続けました。


「さっきだって、大学生っぽいグループが大沼公園に向かってたよ。

 たぶんだけど、肝試しするみたい」

「あー、多いんだよねぇ。おかげで夜の治安はビミョーに悪くってさ。

 そこはあたしも、ちょっと難点だなぁとは思ってるんだよねー」


彼女はちょこんとテーブルの前に腰を下ろして、

ちいさくため息をはき出しました。


「幽霊は見なくっても、自殺は定期的にあるしねぇ」

「……えっ」


サラリと友人から発された台詞に、私はピタッと硬直しました。


「ここ三か月の間に、未遂も含めたら何件あったかなー?

 しょっちゅうパトカーとか救急車きてるよ。

 自殺だけじゃなくって、ただ不審者が出没しただけかもだけど……」

「……幽霊よりイヤじゃん……」

「まあね! ……でも、ま、社宅が直るまでちょっとの辛抱だし」


いくら明るい彼女といえど、さすがに感じるものはあるのか、

キュッと眉を下げて苦笑いしました。


「だからさ、来てくれてうれしいよ。今日はゆっくりしてってね」

「……ん」


当初から、彼女の家に宿泊する予定でした。


私たちは、さっそくもちよったアルコールの缶を開けて、

乾杯を始めたのです。


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