120.エキストラの一員②(怖さレベル:★★☆)

(あれが気にならないなんて……いや、もしかして、見えてない……?)


不審者を刺激しないように無視している、とかそういう態度ではありません。


あまりにも異常です。

横で目にしても異様な光景。それに、気づかないなんて。


そういえば、通行人は目立って騒いでいません。

後ろを歩く人たちからも、聞こえてくる悲鳴にはバラつきがあります。


(気づいてる人と、気づいてない人がいる……? いや、そもそも、見えている……?)


脳内に浮かんだ、おそろしい可能性。


それは、この友人にぴったりと寄り添う女性が、

実在しないのではないか、ということ――。


一度そう考えると、腑に落ちることばかりです。


対面に座っていたとき、いっこうにコートに目を向けなかったのも。

まったく顔を上げず、隣からも気にされなかったことも。


思い返せば、エキストラ参加の規定で、

表情を隠してしまうような前髪はNGとあったはず。


それなのに、係員がなんの注意もしませんでした。

まるで、存在感そのものがないかのように。


(もし幽霊なら……どうして、ここに……)


よく聞く地縛霊というヤツなら、

決まった場所から移動しないはずです。


それなのに、ここにいる。


(まさか……と、とり憑かれた……!?)


ゾクリ、と悪寒とともに襲いくるおぞましい直感。


友人にぴったりとくっつく女性。


その髪の合間からうすくのぞいた血走った眼球が、

友人の顔を食い入るように凝視しています。


常人では考えられないほどの強烈な怨嗟をおしつけるように、

食いしめられた唇も、まっ青にブルブルと震えていました。


私が、いくらその光景を見ていても、

彼女はこちらに見向きもしません。


なぜか、なにも見えていない友人にばかり、

意識を向けています。


(あのとき正面に座ってみていたのは私なのに……どうして……?)


前髪で隠れてはいましたが、

おそらく目があったこともあった、と思います。


そのときは、恐ろしいもの、という認識はなかったけれど。


「……でね、だから……」


ひとりでしゃべりつづける友人は、

もはや私が返事を返さなくなったにも関わらず、

にこにこと楽しそうに語り続けています。


そう、まるで。

親身に話を聞いてくれる誰かが、そにいるかのように。


私は。

私は思わず、それを口にだしてしまいました。


「ねぇ……」

「ん? どうかした?」


首をかしげる友人の後ろで、

女性もぐんにゃりと首を曲げます。


まるで妖怪のろくろ首のように不自然に伸びる、その青白い皮ふ。


「っ……ね、ねぇ……だ、だれと……だれと話してるの……?」


ひとりで、にこやかに話す友人。


ただ、語るのに夢中になっているだけ。

それだけとは思えない、語り方。


「はあ? なに言ってるの。ずっとあんたと話してるじゃん」

「わ……私?」

「私? って……あんた以外の、いったい誰と」


そう、彼女が眉をひそめたと同時でした。

ささやくような、かすれるような、ほんの小さな声が。


「……わたしと……」

「えっ……?」


ギクリ、と私が身をこわばらせたと同時。

友人も、ピクリと眉を寄せました。


「ねぇ……今、なにか」


そして、私にそれをたずねようとかしげた友人の、彼女の耳を。


ぐんにゃりとゆがんだ笑みを浮かべた女が、

ぐいっと引っ張り、そして。


「……わたし」


ハッキリと、くっきりと。

耳に残るような、ざらついた声で。


「わたし、わたしわたしわたしわたし」

「……ひ、っ」


呪いか、怨嗟か、念仏か。


そう錯覚するほどの執拗さで、女性はその声を友人へ。

友人の、耳へ。


割れた唇をそっと近づけ、延々、延々とおなじ言葉を

狂ったように囁きつづけます。


おぞましいほどのくり返される単語に、

しかし、友人は軽く首をかしげるだけ。


「わたし、わたしわたしわたし」

「ん~? なんだろ。なんか、耳鳴りがするような……」


と、ふきこまれ続ける耳のうしろを、軽くおさえるのみです。


その彼女のなんてことのない仕草に、

おそらく”見えている”と思われる通行人の数名から、

かぼそい悲鳴が上がりました。


「? どうかしたのかなぁ?」


状況を理解していない友人は、

キョトン、と目を丸くしているだけ。


「えっ……う、うん……」


私が、どうしたら女性を友人から引きはがせるだろうかと、

ぞわぞわと恐怖にさいなまれつつ考えていると、


「わ……が……」


女性が、不意に黙り込みました。


あれほど囁きつづけていた声は消え、

彼女はゆらゆらと、小刻みに体を揺らし始めます。


前髪でよく見えない眼球が、ぼんやりと私のうしろ。

なにごとかの悲鳴を上げて、どこかへ走っていった通行人の方へ向いていました。


「……フフ」


ニヤリ、と目元を緩ませて、唇を大きく持ち上げて。

嬉しそうに、憎らしそうに、彼女は笑いました。


そして唐突に、フッと友人から離れると――


「…………」


なにごとか、囁くように言い残して、

そのまま消え去って行ってしまいました。


「……え、っ」

「? おーい、どうかした?」


言葉なく、立ち尽くす自分。首をかしげたままの友人。


道路の中央で立ち止まった自分たちの横を、

なにも見えない一般の通行人たちが気にせずにゾロゾロと通り過ぎていました。




その後――映画は約半年後、無事に公開されました。


私はノリノリの友人につれられ、怯えつつ試写会に参加して――

例の観客席が映るシーンを、まじまじと確認しました。


ええ……あれは、映っていませんでした。

そう、一切。ただの、一度も。


その席を映したシーンは、存在しなかったんです。


うまくシーンとシーンをつなげたり、切り替えを駆使されていて、

例の幽霊らしき女性の席は、ほんの一瞬たりとも映ってはいませんでした。


映画自体の尺だとか、主演を映すカメラワークの都合だとか、

なにか別の理由によってカットされただけなのかもしれません。


でも、私には。


「まだ、足りない」


と消え際に言い残していなくなった、

あの女性の怨念が映りこんでいたのを隠したかった。


そう、思えてなりません。

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