120.エキストラの一員①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)


私、映画に出演したことがあるんです。


……っていっても、ちょこっと。

エキストラとしての参加、なんですけど。


たぶん、知り合いでもよっぽど気をつけないと気づかない、そんな程度で。


ええ……そんな話をここで出したのは、

もちろん自慢、というわけではありません。


私がそこで……妙なモノを見てしまったから、で。


始まりは、ささいなコトでした。


地方都市である私の地元で、

テレビドラマの映画化作品の撮影がある、

というのが広報誌に掲載されまして。


その作品の大ファンだという友人が勢いこんで応募したところ、

見事、奇跡的に選ばれたんです。


最高だ、ラッキーだ、なんて盛り上がりながら、

二人参加であったため、私も彼女について参加することになったんです。




「えーっ……こんなに距離が離れてるのー?」


観客席に座って開口一番、

友人が小声でぼやきをこぼしました。


「うん……思ったより、見えにくいね……」


スポーツ映画の観客、という立場の私たちは、

中央のコートの周囲をぐるりとうめる大人数のうちのひとりです。


撮影のメインである出演者たちは、コートの中央でなにやら打ち合わせ中。


それを見られるのはたしかに感激もので、

俳優や女優の方以外に、こんなにいろいろな役割の人がいるのかと、

友人とそろって小声でもり上がったりもしました。


しかし、準備が進行していくにつれて

当初の驚きも薄まってきたのも事実。


遠巻きに撮影準備の様子をながめるだけの状態に、

友人は不満がつのってきたようでした。


「写真もとっちゃダメだし……」


彼女は、スマホをしまったカバンにチラチラと視線を向けています。


「ちょっと。そんなコトしたら、追い出されちゃうよ」

「だよねー……」


ハア、と友人が肩を落とすのに苦笑いしながら、

再び視線をコートの方へと向けました。


中央に集まっていた役者さんたちがバラバラと位置を変え、

どうやら、そろそろ本格的な撮影に映るようです。


(もうちょっとの辛抱かな……アレ?)


うめつくすエキストラの中間。


コートを挟んでちょうど真正面に座る人物に、ふと目を奪われました。


(あの人……ずっと、俯いてる)


テレビでもバンバン名前を見るような有名な役者さんたちが、

いよいよこれから本番と、配置についている状況。


友人も含めて、エキストラのみんなが食い入るようにそれを見つめている、そんなさなか。


対角線上に座るひとりの女性は、長い前髪で目元を隠すように、

足元へ視線を向けていました。


「……どした?」


と、友人が私の不審な挙動に気づいて、

こちらに声をかけてきました。


「いや……むこうの人、全然撮影みないと思って」

「はずかしいんじゃない? そんな人どうでもいいでしょ。

 ほら、スクリーンに映るんだし、集中集中!」


彼女はまるで興味なさそうにつぶやいて、

グッと前のめりに見を乗り出しました。


「あっ、ほらほら! 始まりそうだよ!」

「ちょっ、しずか、静かに……!」


興奮する友人をなだめつつ、再度、正面の人を見つめました。


俯いて、鼻先だけうっすらと見える白い顔。

顔全体をおおうような、長くて艶やかな黒髪。


着用しているのは、黒いシンプルなニット。

両隣に座る若い女性たちは、その女性など目に入らぬようでコートを凝視しています。


(そっか……はずかしい、か)


憧れの女優さんか、俳優さんがいて、

とても目を合わせられないというだけかもしれません。


私はなるほど、と納得し、準備の終わったコートへ視線を戻しました。


いよいよ、映画の撮影の開始です。




「はぁ……よかった」

「うん。参加できたの、ほんとよかったよねぇ」


撮影が終了し、各自解散、となった帰り道。


駅までの道のりと、わらわらとエキストラ役の人たちが歩いているさなか、

私たちものんびりとおなじ方向へと向かっていました。


「やっぱりさあ……あのシーンが……それでさぁ……」


白熱する友人のトークに相槌をうったりうなづいたりしつつも、

私の脳内に浮かぶのは別のことでした。


(……一度も顔、上げなかった)


コートを挟んだ正面に座っていた女性。


撮影に熱中していても、なんせ真正面。

いやおうなく、視界には彼女の姿が入ってきました。


役者の方たちが軽快に会話をかわし、動き、戦っても。


一度も。

ただの一度たりとも、顔を上げることがなかったのです。


あまりにも気になって、途中からは撮影ではなく、

彼女を注視する始末でした。


(あんまり……楽しめなかったなぁ)


いっそ不気味ともいえる存在の女性にばかり気がいって、

ハッとした時にはすでに撮影は終わっていました。


終了後、友人に声をかけられて、慌てて帰り支度を整えた後、

もう一度と思って例の席を確認したとき、


(あれっ……いない)


その不思議な女性は、いつの間にやら姿を消してしまっていました。


最前列の、一番目立つ席。

映画になったら、ひどく目立つにちがいありません。


うまくシーンをつなぎ合わせてごまかすのか、

編集でなんとか加工するのか。


余計なお世話なことをぼんやりと考えつつ、

いまだ語り続ける友人の隣であいまいに頷いていると、


「ヒッ……」

「……うわっ」


かぼそい悲鳴が、背後からいくつか聞こえてきました。


「なに……?」

「……ちょっと、あれ……」


ぼそぼそとした、ささやきに似た悲鳴。

それが、とぎれとぎれに後ろから聞こえてくるのです。


(……?)


なにか起きたのか、と私も振り返りました。


「んー……?」


しかし、背後には撮影帰りとおぼしき人たちの、

なにげない姿があるばかり。


べつだん、おかしな様子はありません。


(……あれ?)


私は、そのなかの違和感にふと気づきました。


歩いているメンバー。

彼女たちの、おおよそ三分の一ほどの視線が、

私の真横――気にせず話をつづけながら歩く友人に向いていることに。


「? ……ひ、っ」


その視線をたどり、友人に目を向け――

私は、思わず呼吸を止めました。


ぬらり、と。

友人の肩にぴったりと寄り添う、ひとつの影。


俯き加減で、ヒョロリと細い体躯。

たっぷりと水を含ませたような濡れた黒い髪。

黒いシンプルなニットに、同色のロングスカート。


(あの時……正面にいた人……!?)


表情の見えない、不気味だった女性。


それが、友人のすぐ右肩のそば、

吐息すら感じられるほど近くを歩いているのです。


恋人同士ですらこうも密着しないだろうと思われるほど、

肩と肩をこすれ合わせて。


「うーんと、上映まであと半年ってところでしょ? 待ちきれないーっ」


しかし友人は、まるでその存在を気にせずに、

にこやかに話を続けています。


「そっ……そーだね……」


相槌の声がひきつっているのにも気づかず、

彼女はさらに楽しそうにひとりで話しています。


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