119.カラスの葬列②(怖さレベル:★★★)

「えっ……トモチが、戻ってきてない!?」

「おお。……つーかお前ら、一緒にいたんじゃないのか?」

「いや……アイツが、先に逃げちまってさ……」


オレが簡単に状況を説明するさなか、

ほかのメンバーも不安げに周囲を見回しました。


てっきり、さっさとみんな合流したと思っていたトモチは、

集合場所であった校庭に、やってきていないというのです。


「あの廃屋行ったんだろ? どっかなかに隠れてたんじゃねぇ?」

「いや……名前よんでも返事なかったし、ほかに物音もしなかったぞ」

「うーん、じゃあ自分ちに帰ったのかなぁ」


と、誰かが首をかしげました。


(たしかに……あんなモン、見ちまったら……)


フッ、と脳内に例の映像がぶり返します。

オレは両手で口をおさえ、思わずしゃがみこみました。


「おい、どうした?」

「あの家のなかで見たモン……思い出しちまって……」


オレは極力たんたんと、

みんなにあの家の風呂場で見た光景を話しました。


「うっへぇ……気持ち悪ィ」


と、気味悪がるのが半分。


「マジ!? なあ、みんなで見に行ってみねぇ!?」


と、好奇心に目を輝かせるのが半分です。


「行きてーなら行ってこいよ。オレ、トモチのうち行ってくるわ」


カラスの首吊り死体を再び見る勇気もなく、

テンションを上げるメンバーに断って、ヤツの家の方へ歩き出しました。


「……ぼくも、行くよ」


そんなオレの後ろから、いつも村でつるんでいる小泉という友人が、

あとを追ってやってきました。


「いいのかお前、行かなくって」

「いくら鳥でも、死体は見たくないしね。

 それに、トモチくんがほんとに家に帰ってるか、気になるんだろ?」

「……まぁ、な」


常識的に考えれば、ひとりで勝手に家に帰った、んでしょう。


しかし思い返すと、オレがほんの数秒カラスの死骸に

気をとられている間に、彼は姿を消したのです。


もし。もし、例えば。


カラスの首吊りを演出した人物に、

連れ去られてしまっていたとしたら?


「…………」


総毛だつような寒気と、くすぶる不安を心に抱えつつ、

オレたち二人は、トモチの家の前につきました。


瓦屋根の、和風の一軒家。

田舎ゆえに塀もない、広い敷地に立つその建造物は、

シン、と静まりかえっています。


「誰もいねぇのかな……?」

「うーん……あれ」


と、小泉がそっとトモチの家へと目をこらしました。


「玄関のとびら……空きっぱなし、だね」


彼の指さす通り、トモチの家の玄関扉は、

中途半端に開けられています。


田舎だし、カギをかけないうちは確かに多いのですが、

網戸もひかずに全開のまま、というのはあまり考えられません。


「……すみませーん!」


戸の真正面に立って、大きく声を張り上げます。


シン……


返事はありません。


「あのー……?」


小泉も、オレのうしろからそっと家のなかへと声をかけますが、

やはり、なかは静まり返っているばかり。


「出かけてんのかな……?」

「いやあ……車あるしね」


と、小泉は庭にポツンと置かれた軽自動車を見て、首をふりました。


「家族そろって、どっか散歩でも行ったとか……?」

「んー……玄関あけっぱなしで?」

「そうだよなぁ……」


オレたちはアホみたいな会話を交わしつつ、

日本家屋然としたトモチの家の、庭側へと回り込みました。


あまり手入れがされていないのか、

長かったり短かったりする雑草が、好きかってに伸びています。


その向こうに、広い縁側が見えました。


「……あっ!」


と、うすく開いたふすまの間から、

見慣れたトモチの後ろ姿が見えたのです・


「おいおい、やっぱオレを置いてったのかよー」


オレはイラつきよりも安堵感が勝って、

ホッと息をはきだしながら、スタスタと縁側に近づきました。


「トモチ! 別に怒ってねーから、こっち向けよ。

 あんなん見たら、逃げたくなる気持ちもわかるからさぁ」


ペラペラと言葉を重ねつつ、いまだ反応を

かえしてこないトモチのいる縁側に、さらに近づこうとして、


「おい、トモチー?」

「……待って」


ガシリ、と小泉に肩をつかまれました。


「ねぇ、なんか……様子、おかしくない?」

「はあ……?」


こわばった眼差しを真正面に向けたまま、

小泉は固い声で続けます。


「トモチくん……あそこに、その、立ってるんだよね?」

「ハア?」


コイツはなにを言ってるんだ?


オレが小泉にいぶかしげな視線を向けると、

彼はふるえる唇でさらに言い募りました。


「つまり、その……生きてるよね? 彼……」

「え……」


オレは言われるがまま、

ふたたびトモチへと目を向けました。


ふすまとふすまの間に挟まれるように見える、彼の姿。

こちらに背をむけて立っている、その後ろ姿。


いや。


その足先は――わずかに浮いていないだろうか?


オレが硬直した真横で、

小泉はゆっくり、ゆっくりとそのふすまに近づきました。


「おっ……おい」

「…………」


彼は息をひとつ吸い込むと、

ガラッ、とそれを引き開けました。


「……あっ……!!」


眼前に広がった、その光景。

それはひどく、おぞましいモノでした。


だらん、と垂れさがった足が、六つ。

それはまるで、等間隔につるされたてるてる坊主のような。


「うわあぁアア!?」


オレは大声をあげて、その場にスッ転びました。


人間が三つ。


あの廃屋で見たカラスのように、首を真下に下げて

なにかの液体を口から垂らす異形の姿は、

腰を抜かすには充分すぎる光景でした。


「……なんだ!? どうした!?」


オレの悲鳴をききつけて、

近所のじいさん連中が、慌ててこちらに駆けこんできます。


「大声をあげてどうし……うわあっ!?」

「なんだこれは、首吊りか!? 坊主たち、大丈夫か!?」

「あっ……は、はい……」


隣で立ち尽くしていた小泉もようやく我に返ったらしく、

起き上がれないオレに代わって、事情説明をしてくれました。


その後、やってきた大人たちによってトモチ一家は縄を外され、

すぐに救急に搬送されましたが……彼らは、助かりませんでした。


オレたちが見つけた時点で……もう、手遅れの状態だったそうです。


どうやら、借金を苦にしての一家心中だった、

というのはうちの親の会話から。


彼の父親の会社が倒産し、莫大な借金を抱えてしまい、

それが原因だったのだろう、と。


トモチ、トモチの母親、父親の三つの死体。


首が伸び、顔色も白く変色し、舌はだらりと垂れ、

弛緩しきった手足がぷらぷらと揺らいでいるその姿は――

今でも、夢にでてくるほど鮮明に覚えています。


ああ……あと、あの町はずれの廃屋。

あれも……実は、トモチの父親の持ち物だったそうです。


羽振りがよかった頃、今回の日本家屋を立てたそうですが、

あっちの廃屋は、もともと彼の祖父母が暮らしていた家だそうで。


ふだんは他県で働いているうえ、

祖父母が亡くなって管理しきれず、あの状態になっていたのだとか。


例のカラスの残骸たちは、

村の人々によって、すぐに片付けられました。


まるで――トモチ一家の未来を暗示したかのような、

カラスの集団首吊りの姿。


不審者の犯行、と表立って説明はされましたが、

きっとそうではないだろうことは、

オレたちが子どもであっても察してしまいました。


特に、村の人が夜、家を抜け出して徘徊していた

トモチの父親を見かけた、なんて話を聞いたら、特に――。


あの日、トモチがそれを知っていたのかはわかりません。


ほんの偶然、あの廃屋が気になったのか。

それとも、オレにアレを見せたかったのか。

そもそも、あのときのトモチは、まだ生きていたのか――。


あの首吊りの記憶は、一生オレの中から消えることはないでしょう。

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