121.大沼公園②(怖さレベル:★★☆)

「……ん~……?」


夜。


完全に飲み会の後と化したごっちゃな部屋のなか、

私はふと目を覚ましました。


周囲にはてのひらで雑につぶしたと思われる空き缶、

菓子袋は酔った勢いでビリビリに破かれ、周囲に散乱しています。


(……の、飲み過ぎた)


頭の奥はガンガンと痛みを訴え、はきだす息にも酒気を感じます。


喉がいがらっぽく、なんとなくまぶたにも重さを感じて、

私は手近にあったミネラルウォーターのペットボトルをがぶ飲みしました。


ひと心地つき、リビングでひっくり返っていた体を起こせば、

友人もとなりで大の字になってグースカと眠りこけています。


(あー……頭いたい。それに、ちょっとは片づけとかないと)


重たい頭を左右にゆすると、なおグラリと脳がきしむ感覚。

パチパチとなんどか目をしばたかせ、ふーっと深く息をはきだしました。


「はあ……今、何時……?」


深く考えずに、彼女のベッドの上のデジタル時計に目をやると、

表示されていたのは『AM2:00』の表記。


(うわっ……見なきゃよかった)


午前2時など、いかにも幽霊が出るといわんばかりの丑三つ時。


シン、となんの物音もしない静まり返った室内や、

カーテンの向こうの夜の道路、電気の消えた廊下の奥など、

意識を始めると、あちこちが恐怖を煽る対象のように思えてきます。


「……やだなぁ」


中途半端に体を起こしてしまったせいか、

眠気はすでに遥か彼方へ消え去っていました。


この部屋にテレビやラジオはなく、気を紛らわせるには自分のスマホくらいですが、

それも酒を酌み交わすうちのドコへ放ったやら、手元に見当たりません。


「かんべんしてよ……」


少し涙目になりつつ、ガサゴソと散乱したお菓子の袋をかき分けていると、


「…………」

「…………」


(……人の声?)


ざわざわと、遠くから話し声らしきものが聞こえてきました。


(窓の外っぽい……公園?)


くぐもった、複数人のにぎやかなしゃべり声。


なにを言い合っているのかはわかりませんが、

その楽しそうな笑い声は、家の中まで聞こえてきます。


(あー……肝試しに来た人たちだかな)


友人の言っていた『夜の治安はビミョーに悪くって』

という台詞を思い出しました。


(でも……よかった。誰かいるんだな)


今までの、耳が痛いほどの静寂に比べれば、

多少さわがしくても怒りは湧いてきません。


むしろ、キャハハハ、という独特のかん高い笑い声すら、

気をやすらげるための材料のように思えて来る始末です。


「あ~……もう、起きてよっかな」


散らばったゴミを集め、缶とビンをそれぞれビニール袋におしこめても、

眠気はいっこうに戻ってきません。


ちらりと視線を向けた窓。

薄く開いたカーテンの隙間から見える空は、まっ暗です。


声はうっすらと聞こえるものの、アパートの柵の向こうにある公園は、

照明すらも落とされて、ただただ暗い闇が広がるばかり。


(まったく、よく肝試しなんて行く気になるよねぇ……

 呪われたらとか、不審者がいたらとか……考えないのかなぁ)


怖いもの好きではあるものの、根っからのおくびょうである自分には、

肝試しという危険に自らとびこんでいく行為は、まったく理解できなかったのです。


キャハハ……

……んだよ、オイ……


(……それにしても、さわがしいな)


彼らはいったいなにがそんなに面白いやら、

いまだワイワイとはしゃぎ続けていました。


換気のために空けた窓の間から、より鮮明に声が聞こえてきます。


(ちょっと外……気になるなぁ)


あまりにも外が楽しそうだからでしょうか。


すこし。ほんの少し。

その様子を、確認したくなったのです。


一度そう考えると、ソワソワして、居ても立っても居られません。


私はそっと息を殺して、公園側の窓へ近づくと、

ゆっくりとカーテンの隙間に目を寄せました。


「……ねーっ……」

「……あ……だから~……」


彼らの会話が続く方向に、そっと目をこらします。


(んー? 暗い、なぁ)


窓に近づけば、かろうじて星明かりやアパートの照明で、

うっすらと公園のなかが見えてきます。


しかし、木がうっそうと生い茂る公園の中、

ウロウロと徘徊しているであろう彼らの姿は見当たりません。


(……公園。不気味だなぁ)


夜の公園。


木々が一定間隔で生い茂り、土の上に細く影が落ちています。

歩道のアスファルトに映る電柱や家の影は、無機質でどこか冷たささえ感じました。


ときおり吹きつけた風が葉っぱをぶわりと揺らして、

ザワザワと繊維のこすれる音が不安を煽ります。


サワッ……


窓の外で、ひらりと枯れ葉が舞い落ちます。

わずかな喧騒と、木々のざわめきの共演。


深夜の闇深い世界で、場違いのように明るい若者たちの声は、

ひどくミスマッチに聞こえました。


(元気だなぁ……あっ、あの集団がそうか)


公園に入りこむ照明の光に照らされて、

笑い声の主たちが姿を現しました。


(いち、に……四人か)


遠目に見えた人数を数え、あきれ気味に首を横に振りました。


ずっと見ていても仕方がないし、

部屋の片づけに戻ろうかなぁ、と窓の桟に手をかけた時。


ふっと、違和感に気づきました。


(なんか……今の人たち、見覚えがあるような……)


若い四人組の肝試し客。

チラリと視界に入った風貌に、感じる既視感。


アルコールに浸されてにぶい脳内をどうにかぐるりと巡らせて――

ハッ、と気付きました。


「……ここに来る途中の」


マナの家へ向かう途中、ワイワイと肝試しの話をしていた大学生たち。

彼らの着用していた服装に、そっくりなのです。


(はー……妙な縁、ってのはあるなぁ)


まさか、偶然通りすがった面々の姿を、再び見ることになるなんて。


彼らは肝試しを終えたのか、アパートに近い公園の通路をとって、

これから出口の方へと向かうところのようでした。


(あれだけ平然としゃべってるってことは、

 なんにも起きなかったってコトなんだろーな)


暗い公園のなか、へっちゃらな様子でふらふら歩いている姿は、

とても恐怖に襲われているとは思えません。


結局、ウワサはウワサか、と私は窓から離れました。


そして、睡魔が再びおとずれないかと、

なまあくびをしつつ、時計へと目を向けた時。


(はー……夜中の二時二十分か。……え、二時、二十分!?)


肌の表面に鳥肌がぞわっと広がりました。

気づきたくない事実に、気づいてしまったから。


今が、二時二十分。

私が、彼らが公園へ向かうのを見たのは、夜の八時頃。


その間の、約六時間半。

まさか彼らは、あの公園内にいたのでしょうか?


「…………っ」


コンビニやカラオケなどの、

時間をつぶせるような施設はこの辺りにはありません。


もし、一度入って帰ったのだとして、再びこんな時間にやってきたのか?

それともやはり、ずっと今まで公園のなかにいたのか?


いや――そもそも彼らは、同一人物なのか?


「…………」


私は窓の方を、とても振り返れなくなっていました。


一番まともな展開としては、

あの時間に行って、なにも起きなかったから、

また深夜に再度おとずれた、というのがありえそうな理由です。


しかし、一度行ってなにも起きなかった心霊スポットに、

わざわざ同じメンバーを集めて同日訪れる、なんてことあるのでしょうか?


さきほどの沈黙に対する恐怖とは別種の、

じりじりと心の奥底を浸食するような暗い恐怖がせまってきます。


(……彼らは、なに?)


ただの学生の肝試し客。

本当に――それだけ、なのでしょうか?


「…………っ」


窓を背にした私の耳には、彼らのにぎやかな声が聞こえています。

バカ笑い、手をたたく音、靴が小石をけ飛ばす音。


そして、その合間に――不思議な音が、聞こえてきました。


ざわざわと、雑音のように聞こえる彼らの声。

夜の風に揺れる木々のざわめき。

そして、ぴちゃぴちゃ、としたたる水の音。


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