112.セキュリティエラー①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)


なーんか、その日は朝からおかしかったんですよね。


目が覚めて、やけに顔に冷たい風があたると思ったら、

寝る前にたしかに閉めたはずの窓が全開になっていたり。


車に乗っていざ走り出そうと思ったら、

いきなり窓ガラスにスズメが飛び込んで来たり。


そして、会社に行って仕事を始めれば、

頼んだはずの発注が実は漏れてしまっていたことが発覚したり、

昼食をとりに入った常連の店で、うっかり注文を忘れられたり。


挙句の果てには、トイレに入った瞬間、個室の電気を消されてしまったり……。


偶然の巡り合わせといえばそれまでですが、

そんな感じで一日を通して、ずっと不運に見舞われていたんです。


周りの同僚たちも、私の様子やグチを聞いてあわれと思ってくれたんでしょう。

残業せずに、今日は早く帰った方がいい、なんて言ってくれて。


お言葉に甘えて、今日はさっさと帰って寝よう――と、したのですが、

またもや、やっかいなトラブルが発生。


十日後の納期、と聞いていた私の抱えていた仕事が、

急きょ取引先から緊急の連絡が入り、三日後までに仕上げてくれ、というのです。


意気揚々と帰ろうとしていた自分はガックリきてしまい、

正直今日一番の精神的ダメージを食らいましたが、もはやどうしようもありません。


不幸中の幸いか、他の仕事の合間に手をつけ始めていたので、

今日ある程度残って作業をすれば、三日後までには間に合いそうです。


心配する同僚に苦笑いを返し、私は一度消したパソコンをもう一度起動して、

仕事を再開することにしました。




「あー……もう、十一時か」


すっかり静かになった部署内を見回し、フッと一人呟きました。


繁忙期ではない、今の時期。

うちの会社では、残っても九時くらいまでには上がれています。


自分もそのくらいで帰るつもりだったのですが、

プログラムを仕上げている最中、予想外のエラーが多発。


何度も修正をくり返し、だれもいなくなったこの時間、

ようやくメドがついた、というわけでした。


「はー……帰るか」


ひと気のない部署内は、

ふだんは気にもならない、冷たい無機質さを感じます。


机と机のわずかなすき間や、空調に揺らされるカーテンが、

どこかうっすらと居心地の悪さを感じさせました。


静寂に満ちた、ズラリとパソコンの立ち並ぶ部屋。

昔好きだったホラーゲームに、たしか、似た光景があったような。


そう、思い出してしまうと、

ゾワゾワと足先から寒気が這い上がってきました。


(あのゲーム……そうだ、たしか液晶がとつぜん点いて、

 文字とか表示されたりして……)


フラッシュバックする、ゲームのワンシーン。


たった一人しかいないこの場で、そんなことを考えることなど自殺行為なのに。

それに、もし本当にそんなことが起きたら、きっと心臓が止まってしまう――。


「うぅぅ……」


湧きあがる、静かな恐怖。

見えない暗闇の影に、なにかが潜んでいるかのような。


しのびよる怖気に、私は即席で鼻歌を歌って、

どうにか気持ちをごまかしました。


とにかく、さっさと帰ってしまえばいい。

私はそそくさと手早く手荷物をまとめ、ソロソロと机を確認しました。


「よし……」


携帯も、財布も持った。忘れ物は、ない。

後は、事務所のセキュリティロックをかければお終いです。


IDカードを首から外して出口に向かい、

最後にグルリと事務所内を見回しました。


(うん、問題ないな。……帰ろう)


パチッ、と照明を落とせば、まっ暗闇が訪れました。


パソコン電源の赤いライトが、いくつも闇のなかに浮かび上がり、

まるでバケモノの目玉がいくつも潜んでいるかのようです。


(うっ……ダメだ。へんなこと考えちゃ)


イヤな想像を振り払うように事務所からとび出して。

ガチャッ、と勢いよく扉を押しこみました。


オフィスビルの廊下に出れば、

昼光色の明るい光が優しく出迎えてくれます。


無意識のうちにとめていた呼吸を、ホッ、と私は吐き出しました。


「さっさと、帰ろ……」


なんど目になるかわからない「帰ろう」の台詞をくり返しながら、

出入り口横のセキュリティボックスを確認します。


ここに、IDカードとロックパスワードを入力すれば完了。


肩の力を抜きつつ、変わらぬお決まりの手順でカードをかざり、

ロックナンバーを入力しました。


ピッ、と軽快な音を立てて終了――の、はずが。


『ERROR』


「……えっ?」


返ってきたのは、そんな表示。


パスワードは、四桁のシンプルな数字だけのもの。


セキュリティ的には問題でしょうが、入社以来一度も変わっていないので、

間違えようもありません。


いぶかしみつつ、もう一度最初から手順をやりなおしたものの、


『ERROR』


またもや、エラー表示に阻まれてしまいました。


「なんでだよ……」


ドッ、と両肩に疲れがのしかかってきます。

半開きの口から、あー、というため息がこぼれました。


朝から不運続きだとは思っていた者の、ここまでとは。

お祓いにでも行ったほうがいいのか? なんて現実逃避まで湧き上がってきます。


疲労でかすむ目をこすりつつ、よく確認すると、

さきほどのメッセージの下に、エラーコードらしき数字の羅列も表示されていました。


「あー……センサー感知の、エラー?」


どうやら、パスワードが間違っていた、というわけではなさそうです。


一体どういうことからと、エラーコードの詳細をさらに詳しく確認すると、

センサー感知のエラーは「事務所内に人が感知されている」場合に出る、というのです。


「人が感知されている……っ、え?」


思わず顔を上げて、冷たく閉じられた事務所の扉を見つめます。


今の今。

この時間まで事務所内に残っていたのは、自分一人。


だというのに「まだ中に人がいる」エラー?


「っ……うそ、だろ」


ゴクリ、となまぬるいだ液をのみ込みました。


>>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る