61.廃マネキン工場探索①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)

『10代男性 桑原さん(仮)』


廃屋探索、ってみなさん、お好きですか。


崩れかけた屋根の隙間からこぼれる緑。


割れた窓ガラスから差し込む物憂げな木漏れ日。


住む者がいなくなって久しい家の寂しさって、

どこか人を惹きつける魔力を宿しているんでしょうか。


知らぬ誰かが暮らしていた残骸の残るそんな空き家は、

未知の期待と少し恐怖も調味料となるせいか、

好きな人は趣味と公言するくらい、同好会なども存在しているようですね。


おれは最初、それこそこれっぽっちも興味がなかったんですが、

兄がこういうものがすごく好きで。


大学生になった兄は車を持ったせいか、

高校生くらいから徐々にハマりだしていたその探索に、

おれを誘ってくるようになりました。


一人で行けばいいじゃないか、と断ったりもしたのですが、

兄は写真を撮影するのが自他ともに認めるくらいセンスがなく、

逆にカメラを趣味としているおれにお願いしたいのだというんです。


そう頼まれると、確かに廃墟写真というのはコアなファンがいるという話は

聞いていましたし、撮影の腕を褒められれば悪い気はしません。


そういうわけで、休みが合った時などは、

兄の廃屋探索にちょこちょこ同行するようになったのです。




「……で? 今日はどこへ?」

「今日はなぁ、ネットで仕入れたなかなかのスポットだよ」


兄はハンドルを握りつつ、キラキラと表情を輝かせます。


「工場の跡地で、ずいぶん前に閉鎖されて放置状態になってるらしい。

 ツタと落ち葉がいい感じに演出してて、雰囲気が最高にオススメって話だったなー」

「へぇ……工場、か」


兄はSNSやブログなどで同じ趣味の仲間たちといろいろ

情報収集をしているらしく、今日もその流れで場所を決めたようでした。


「今の時間なら、昼前には到着するな。カメラの準備よろしく頼むよ」

「うん」


ウキウキの兄に苦笑をしつつ、おれは頷いたのでした。




「う……わぁ……」


現地に到着してその場所を確認し、おれは呻き声を上げました。


「おーっ、これはまたイイ具合にオンボロだなぁ」


兄は、朗らかに笑いつつおれの隣でその廃屋を見上げました。


その建物は、学校の体育館の約半分程度の大きさで、

長いこと風雨に晒され続けたせいか、あちこちの壁に穴が開いています。


入口も四方向に口を開けていて、

林の中に存在する為、木々の枯れ葉があちこちに積み重なっていました。


朽ちた看板にはかろうじて”工場”の文字が見え、

使われていない駐車場には当然ながら一台も車がありません。


「つーか、なんで車あっちに置いたの? こっちに持ってくりゃいいのに」

「もし、管理人の人が来たらまずいだろ? ……不法侵入だし、な」


我々は、ここから十五分ほど下の小さなスーパーの駐車場に停め、

わざわざ歩いてやってきていたのです。


おれはため息をつきました。

それは、ただ山歩きをさせられた、というコトだけではありません。


「兄貴……ここ、心霊スポットだよ」


工場の様子と、木々の生い茂る風景。

この場面には見覚えがありました。


「ん? しんれい……?」

「有名じゃん! この山の中のマネキン工場、って!」


よく理解できていない有様の兄に、思わず声を荒げました。


そう、ここはネットでもよくウワサされている、

県内では割と名の知れた心霊スポットです。


確か、中にはいくつものマネキンが打ち捨てられていて、

その目玉が動くだとか、捨てられた人形に混じって本物の人間が

死んでいるだとか、地下室からは呻き声が響いてくるだとか……

数え切れぬほどに体験談があるのです。


「へぇ~……でも昼間だから平気だろ?」


しかし、この兄は廃墟探索を趣味なんて公言しているわりに、

そういう方面にはまったく興味がないようで、

毎度こんな感じでさして気にしません。


確かに以前も、うっかり有名なホラースポットへ行ってしまった時も、

昼間だったからか、それとも眉唾だったのか、

写真を撮影しても何も起こりませんでした。


今は太陽も真上から大地を照らしている真っ昼間、

考えすぎ、と言われてしまえば否定はできません。


「荒らしに来たわけじゃないし、きちんと一礼してから入れば大丈夫だろう」


兄は無警戒に言い放ち、その工場の入口に立って手を合わせました。


「ちょ、おいっ」


おれも慌てて隣に立ち、同じように手を合わせます。


(ごめんなさい。少し、探検させて頂きます)


不法侵入なのでごめんも何もないのですが、

できるだけ荒らさず、壊さず、ただ見るだけで帰ろうと心に決め、頭を下げました。


「……よしっ! それじゃ、中に入るとするか」


パン! と威勢よく手を叩き、兄はにこやかに言い放ちました。


「はいはい……」


おれはしぶしぶ頷き、目前の背中に続いて工場の内部へと足を踏み入れました。


「……うぅ」

「おーっ、これは……スゴい、な」


その工場内の様子に、おれはなにも言えずに呻きました。


ホコリの積もった床に散らばるマネキンの部位と見られる腕や足。

関節部分とみられるネジや破片。


幸い、頭部らしきモノはないものの、

まるで人体切断ショーの残骸のようなその光景に、

すでにおれは気分が悪くなっていました。


「これ……中に入らなくてよくない?」

「……うーん。これは確かになぁ……写真、何枚か撮っとくだけにしようか」


基本的に楽観主義で怖いものなしな兄ですら、

躊躇したように入口でマゴついています。


おれはその様子に若干溜飲が下がり、両手でカメラを構えました。


「変なモン写っても知らないからな」

「オイオイ……ヤなこと言うなって」


それでも、そこはカメラ好きの意地。

どうにか美しく撮影しようと、角度や光の入り具合を確認しつつ、

パシャパシャと何枚か撮っていると。


ブォー……


「……ん?」


工場の駐車場の方角から、複数のバイクのエンジン音が聞こえてきました。


「ヤバッ……関係者かもしれない」

「ちょっ、兄貴!」


突如腕を掴まれ、工場内の放置されているコンテナの脇に身を潜めました。


「ひ、っ……」

「静かに」


足元に転がる五指がバラバラの手に悲鳴を上げれば、

兄に口元を覆われ、おれは泣きそうになりつつ頷きました。


>>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る