57.アパートに現れるなにか①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)


これは、俺が学生だったころに体験した話です。


大学入学にあたって、割と県内では上位の方の大学に

なんとか入学できることにはなったんですが、


そこは市内の良地に建てられていて、

独り暮らしするには少々家賃が張る。


しかし、同じ県内であっても、県の端から端へと移動する為、

実家から通うとなると片道で1時間半ちょっと。


ならば、夢であった独り暮らしを優先したいと、

なんとか家賃の安めの場所を探していたんです。


いくつか不動産やを巡っていれば、

何件目かの物件で、このアパートなら、と紹介された物件がありました。


そこは、確かに家賃が他と比べても一万円ほど安く、

距離も大学まで15分ほど。


しかし、安いということは何かあるのだろうと

不動産屋に詳しく聞けば、

なんてことはない、隣がセレモニーホールだというのです。


昔から、あまり幽霊やらお化けやらにあまり興味のなかった俺としては、

そんなことよりも家賃の安さと通学の便利さの方が優先されて、

早々とそこに暮らすことを決めたんです。


やはりセレモニーホールが真横というせいか、

家賃が安くてもアパートに入居する人数は少ないらしく、

俺の入った角部屋意外の一階は同じく反対の角以外、誰も入っていないようでした。


「ま、生活音を気にせずにすむか」


上の二階は一階よりは入居者がいるようですが、

幸い真上の201号室は空き部屋です。


前の住居の住民で口うるさいオッサンに

さんざん文句を言われた経験のある俺は、ホッと一安心したものでした。


そして、そこに暮らし始めて、

一週間、二週間は何ごともなく過ぎていきました。


いや、今思えば、微妙な違和感はたしかにあったのですが、

当時はさして気にも留めていなかった、というのが本当のところかもしれません。


そう、それに気づいたのは、暮らし始めて約三週間目に入った頃でした。


「ん、あ?」


朝起きて、リビングにのっそりと出てきた時。

ㇲッ、と目の前に一瞬、何かが動くのが見えました。


(なんだ? ゴキ……いや、ネズミか?)


あの虫にしては白っぽい塊。

一瞬ではありましたが、握りこぶし大のサイズに見えました。


「くそっ、とっ捕まえて……あれ?」


しかし、どこかに抜け穴でもあるのか、

その白いものはどこにも姿がありません。


「あーあ……なんか散らばってるし」


さらに、そのネズミらしきものがやったのか、

リビングの上の食器や小物などが、微妙に位置がズレていたり、

少し汚れたような形跡がありました。


「退治用のスプレーとか罠、買ってこないとかなぁ」


俺は朝から憂鬱な現象にため息をこぼし、

しぶしぶと大学へ行く準備を始めました。




「くっそ……」


しかし。


一日、二日たっても、ネズミは姿を現しません。


ネズミ捕りを置いても何も引っかからず、

しかし、微妙にものの位置がズレていたりするのは相変わらずで、

どこか他の部屋へ移動した、というわけでもなさそうです。


毎日掃除もマメにやるようになり、

なんとなく家具の移動頻度は減っているようにも思えましたが、

その原因をとらえることはできていませんでした。


そして、俺はそれを、偶然大学の友人にポロリともらしたところ、


「よっしゃ! オレが捕まえてやるぜ」


とその中の一人、佐賀谷が名乗りを上げてくれたのです。


なんでも、彼の実家は田舎のけっこうな奥地に存在し、

幼い頃から虫やネズミと戦っていたが為、慣れているというのでした。


「おっ邪魔しまーす」


佐賀谷はテンション高くうちに飛び込み、

検分するように部屋の中をぐるぐると見回しました。


「へぇー……ここ、ネズミ出るんだ」

「言ったろ? 小物がちょこっと動いてたりして、なんか気持ち悪いんだよ」

「小物……」


佐賀谷はなにかが気にかかったようで、

あちこちを見回し、妙な顔をして黙り込みました。


「んだよ……なんか変か?」

「いや……気のせいかもしれねぇし……」


彼は、なにかもの言いたげな表情を浮かべつつ、

いまいち要領を得ないというか、曖昧な返答をしてきます。


気にはなったものの、これ以上むやみに追及しても口を割りそうにないため、

テキトーに麦茶でも容易しようと冷蔵庫に向かうと、


「あっ!」


シュッ、と目の端に白い影がよぎりました。


「出たっ! おい、そっち行ったぞ!」


と、おれがその影が逃げた方向――友人の方へ振り向くと、


「お、おい……佐賀谷?」


眼窩からこぼれ落ちるのではないかと錯覚するほど、

ギョロリと目を見開いた彼の異様な表情がありました。


「ちょっ……ね、ネズミ、平気なんじゃなかったのかよ」


あまりの形相に、口だけだったかと俺が苦笑すれば、

佐賀谷は驚愕の表情をこちらに向けてきました。


「……お前……今、ネズミ、って言ったか……?」

「あ? なんだ、違ったのか?」


白っぽくて、すばしこくて、家の中を荒らすのだからそうと思っていましたが、

彼の顔を見るにどうやら違うのかと俺はキョトンと首を傾げました。


「ってことは、見たんだろ? 何だったんだ?

 まさか……こんな町なかでハクビシンとか言わないよな」


もう一つ、害獣の定番の名前を上げるも、

彼はこわばった顔を僅かに横に振りました。


「…………。アレ、たぶん、駆除とか無理だぞ」

「えぇ?」


佐賀谷は、正体についてはいっさい触れず、

呆れた声を上げた俺に、もう一度同じようなことを繰り返しました。


「アレ、たぶんこのアパートに居ついてる。……引っ越すしかねぇよ」

「え……マジで? 居つくって……マジでなんなんだよ」


俺が執拗に尋ねても、案外頑固なこの男、

ただ無言で首を横に振るのみです。


「なんだよ、もったいぶってないで教えてくれよ」

「ハハ。……そーだな、お前が引っ越しするってなったら教えてやるよ」


俺が出した哀れっぽい声に、ようやくいくらか緊張が解けたのか、

彼は疲れたような唇で微笑みました。


「それじゃ意味ねぇーっての!」


しかし、その後、いくらつついても、

佐賀谷はいっさい、それの正体について明かすことはありませんでした。


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