57.アパートに現れるなにか②(怖さレベル:★☆☆)

「引っ越し……か」


佐賀谷の帰ったあとの一人部屋。


ゴロリと布団の上に寝そべり、ぼうっと天井を眺めました。


(つっても……二年契約だし、ネズミもどきが出る、

 ってくらいじゃあなぁ……)


せっかく隣室も上の部屋も居ないアパート。


生活音も気にしなくて良く、まぁ裏がセレモニーホールなのは

マイナスポイントですが、家賃も安い。


まぁ、引っ越しはのちのち、我慢できなくなってから

考えようと、そろそろ寝るかと照明のヒモを引こうとした時。


ピリリリ……


突如、携帯が着信を告げました。


「……ん、佐賀谷?」


表示には、先ほど帰ったばかりの彼の名前。

何か忘れ物でもしたのかと、ヒョイと通話をつなぎます。


「もしもーし。どしたー?」

『……ザッ……来てる……』


妙にノイズ混じりの通話の合間に、佐賀谷の悲鳴じみた声が入ります。

通信環境が悪いのかと、慌ててベランダに飛び出しました。


「? お、おい……なんか聞こえにくいけど」

『……っだから! ……ザッ……来てるんだって……!!』


来てる? 唐突な佐賀谷の言葉に、

俺は意味がよく理解できず、呆れたような声が漏れました。


「はあ? 来てるって、何が? ストーカーか?」

『ちがっ……! ……ザッ……お前んちの……ネズミ……』

「え? ネズミぃ?」


さんざん思わせぶりな話をしていた奴が、

更にわけのわからないことを言っている。


俺はてっきり、こちらをビビらせようと一芝居うっているのだろうとあたりをつけ、


「ネズミが付いてってる? なんだよー、気に入られてんじゃねーか」


と意趣返しも含めて揶揄すれば、


『バカ野郎っ!! ……オレ、引きずられ……ザッ』

「はっ? 引きずられてる、だって?」


ただでさえノイズ混じりでよく聞こえぬ上、

まったく会話のキャッチボールになりません。


「おい、こっちから掛けなおすわ。一回切るぞ」

『まっ……お、オイ止めッ』

「さ……佐賀谷?」


いったん切断しようと、電源ボタンに手をかけるも、

直前のあまりに焦った彼の声に思いとどまりました。


「おい、大丈夫か? どうした?」

『…………』


プツッ


「あ、切れたし……」


結局、こちらが切るまでもなく、通話は終了してしまいました。


「……あれ?」


仕方なしにこちらから着信を入れなおすも、

ツーツー、と話し中でつながりません。


「アイツ、なんなんだよ……」


イタズラだったのか、それとも携帯の故障か。


俺は自分の電話をテーブルに放り投げ、

夕食の準備を始めました。


必要であればまたかけてくるだろうと、楽観的な心境で。




「……ウソだろ」


翌日。


大学へ出た俺が聞かされたのは、

かなりショッキングな内容でした。


「マジだって。アイツ昨日、手首切ったって……」

「なんせ自殺未遂じゃん。今、入院してるーっつー話だぜ」


仲の良い友人たちが、内容が内容なだけに、

鬱々とした面持ちでため息を吐きました。


「ど……どっから聞いたんだよ、そんな話」

「うちの妹だよ。あいつん家の弟と付き合ってるからさ……

 なんでも、昨日の夜だって」

「夜……?」


夜。昨日の夜といえば、あの妙な電話があった後でしょう。


「み、見舞い行かなきゃ」

「それがさ……一命は取り留めたみてぇだけど、面会禁止だっつーんだよ」

「なんか、情緒不安だとか……そんなんらしいな」

「あいつが……情緒不安?」


いつも賑やかでムービーメーカー的な存在の佐賀谷。

そんな彼が自殺未遂の上、情緒不安で入院?


それはもちろん、誰しも心のうちに抱えているものの

一つや二つあるでしょうが、それにしたって――。


「昨日の夜……昨日?」


そうだ。


昨日、あいつはうちに来て妙なことを言っていました。


『駆除はムリ』『引っ越せ』


うちに居つくネズミもどきのことを、

やたら危険視していました。


その上、帰り際にかかってきた電話じゃ、

『付いて来た』などと行っていました。


そういえば昨日、折り返し電話がかかってくることも

ありませんでした。


「にしても……有り得ねぇよ。爪で手首を抉るなんてさ……」

「は、ァ……?」


耳に入った内容に、俺は思わず顔を上げました。


「え、抉る……?」

「あぁ。普通なら痛みで失神するくらい、ガッツリ。

 フラフラ風呂場へ向かってたとこを、弟が見つけて止めたらしい。

 あいつ、起きてるのにボーッとしてて、飛んじまってる感じだったって」


そんな壮絶なコトを、あの佐賀谷が。

俺はその日の講義、いっさいの内容が頭に入りませんでした。




「佐賀谷……なんでだよ」


自室に戻り、あの日のヤツとの通話記録の残った携帯を片手に、

俺はボスンとベッドに横たわりました。


大学に入ってからできた友人の一人。


まだ付き合いは短いとはいえ、

気も合って、かなり親しくしていた間柄だったというのに、

まさか、自殺未遂なんて――。


ピッ


「あ」


携帯を握ったまま、あの時のことを思い返していれば、

力を込めすぎてしまったのでしょう。


どこかの液晶画面に指が触れたようで、

小さな音が鳴りました。


『もしもーし。どしたー?』


(……あ、あの時の)


そういえば、めったに使ってはいませんでしたが、

迷惑電話対策に通話録音のアプリを入れていたのですが、

偶然、そのアプリに指が触れてしまっていたようです。


『……ザッ……来てる……』


あの日のアイツは、確かに妙なことを口走っていました。

俺は当時を再生し始めたその記録に、ジッと耳をすませます。


『? お、おい……なんか聞こえにくいけど』

『……っだから! ……ザッ……来てるんだって……!!』


あれ、と俺は不意に気付きました。


この、時折走るノイズのような、ザッという音。


これは――爪で服や紙などを擦った時のような雑音、

それにも酷似していると。


「……ま、さか」


想像と結びついた瞬間、ゾワっと背筋が凍りました。


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