56.東屋のマネキン②(怖さレベル:★★★)

(まったく、人が少ないからとはいえ、ひどいモンだ……)


まるきり、誰かを驚かすために置いたとしか考えられません。


最初など、本当に生きている人間のように、

東屋の支柱に持たれかかって座っていたし。


(……ん?)


フ、と、私はそこで気づきました。


確かに携帯を取りに行く直前まで、

あの人形はベンチに座っていました。


それが今、何故かバラバラの状態となって転がっています。


死体ではなかった、というショックで深く考えていませんでしたが、

それは、明らかに人為的な何か――。


パキィッ


背後から、物音。


「……え」


木の枝が折れるのとはまた違う。


もっと軽く、しかし、複雑な音。


ピキッ


真後ろから。


それは、私の脳内に、あの人形の幻影を想起させるのには充分でした。


(まさか……まさか、そんなワケ)


今まで生きてきて、そういったオカルトに

懐疑的であった性格が、素直にそれを認めるコトなどできません。


もしや、なんて思う自分に苦笑して、


(どうせ、風で妙な音がしているだけだろう。大丈夫だって)


自らを鼓舞するように言い聞かせ、


(なんてコトないさ。朝日だってもう昇ってるんだし)


と、明るい東の空にも勇気を貰い、

思い切って、東屋の方を振り返りました。


「……あ」


私の口から出たのは、そんな間抜けな一言だけ。


視線の先――振り向いたその東屋。


陽光の下、バラバラに引きちぎられたマネキンの肉体。

それが、元の姿に――五体が復活した、元通りの姿になっていたのです。


「あ、え……?」


つい先ほどまでは、確かに四肢が離れていたのに。

目を離したほんの一瞬、その僅かばかりの間に。


私は自分の目がおかしくなってしまったのかと、ゴシゴシと目を擦りましたが、

目前のマネキン人形は、今までもその姿であったかのように、

じっとりと東屋の横に立ち、こちらに頭を向けています。


(や……やばい)


私は、なにがなんだかわからぬまま、

この理解できぬ現象に恐怖を覚え、ジリジリと後ずさりました。


なにか、恐ろしいことが起こっている。


じわじわと土から染み出すような危機感に、

私はカラカラに乾いた喉でゴクリと唾を飲み込みました。


――と。


パキィッ


「あ……っ」


後ろ足で、思わず強く小枝を踏みしめてしまった、その音。

それが、静寂の公園の中、ひときわ大きく響きわたった瞬間。


ぐりん


能面であったマネキンの首が、独りでに回りました。


「ひ、っ……!?」


まるでコマの動きを見ているかのように、

グルグルと首が残像を残して回転しています。


キュルキュルと機械のような素早さで回り始めたそれは――、

ピタッ、と突如として動きを止め、


パキ、クキン


と、奇怪な接続音を立てて、不格好に全身を動かし始めました。

それはまるで、これから歩き出そうとする、準備運動かのような。


「ひ、ぃいっ」


異様なその動作に、私は度肝を抜かれて、

わき目もふらずに来た道を駆け戻りました。


ドタドタドタッ……


朝の公園に派手な足音を響かせ、

騒音だろうがもう気にしてなんていられません。


今にも、あのマネキンが背後に迫ってくるのではないかと思うと、

いてもたってもいられず、足がだるくなってくるのも気にせず、

駐車場の中にポツンと佇む、自らの車に突進しました。


「はぁ、はぁ……よし、帰ろう」


慌てて運転席に乗り込み、エンジンをかけて一息つき、


「あ、カバン……つけたままだったな……」


ウエストポーチを外し、助手席にポン、と放った時です。


「ん、なんだ……?」


コツン、と何かにあたる感触。


助手席になにか置きっぱなしだっただろうか、と

一度置いたウエストポーチをズラした瞬間。


「わ……うわああぁあ!?」


私は心からの悲鳴を上げてのけぞりました。


そのポーチの下。


そこにあったのは、

あのマネキンとしか思えない、真っ白の作り物の指でした。


「ッ!!」


私はそれを鷲づかみ、窓の外へ無心で放り投げ、

無我夢中で車を発進させました。


太陽の明るさなどまるで頼りにならず、

私はただただ、ひと気のあるコンビニにたどり着くまで、まるで生きた心地がしませんでした。


……ええ、なかなかにキツイ体験でしたよ。


お陰さまで、今はショーウィンドウの中に立つマネキンを見るたびに、

身体が引きつってしまう有様です。


早朝散歩も……もう、人の多い午後にしか行けなくなってしまいました。


この話、友人などにしても、いつも作り話だろう、

なんて言われてしまうんですが……あれは、私の幻覚でも夢でもありません。


その証拠に――ほら、見て下さい。

この、作り物の指。


あの、指を車から放った後――また、戻ってきているんですよ。

何度も何度も、何度捨てても、必ず帰ってきてしまうんです。


ええ……近々、お祓いを受けることも検討しています。

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