52.吊り橋で出会った子ども②(怖さレベル:★★★)

あのガソリンスタンドの事件の際、

あの子どもに一番接近したのは、なにを隠そう彼でした。


「ま、まぁ、それは滅多に無いことらしいし……

 ともかく、メインは人魂だ。良い写真撮って、テレビ局にでも送りつけよーぜ」


と原は気を取り直すように言い放ちました。


そして、そんなこんな会話をしているうちに、

件の吊り橋の駐車場に到着します。


「おー……夜は雰囲気あるな、やっぱ」


車から降りてすぐ、水島がポツリと呟きました。


けっこうな台数の置ける広い駐車場には、俺達以外の車もなく、

人感センサーの点いている照明が、パッとこちらを照らしています。


当然ながら、この付近には民家もなく、

聞こえるのはざわざわとそよぐ木々の音。


秋に入って最後の輝きをみせるセミの物悲しい鳴き声、

それに、フクロウだかミミズクだかの、鳥の囁きくらいです。


「オイオイ、ここはまだ序の口だぜ?

 なにせ、問題はあっちの橋だからな!」


原はまだ全然余裕らしく、いつの間に持参していたのかデジカメを片手に構え、

ズンズンと先へ歩いて行ってしまいます。


「お、おいコラ! 待てって!」


水島がその後を、若干慌て気味に追いかけます。


「ちょっ、お前らどんどん先に行くんじゃねぇ!」


俺はといえば、こんな場所でも一応と、車のカギをきっちりと締め、

焦りつつ二人の後に続きました。


「………ッ………」

(ん?)


二人を追っている時、不意になにかが聞こえました。


不審に思って足を止め、キョロキョロと周囲を確認しても、

背後は誰もいない駐車場、前方は友人二人の背中と、そびえたつ大橋。


横は左側が森で、右側には柵を挟んで急斜面の崖があります。


「……野良犬かなんかか?」


ほんの微かな音であったし、空耳ともとれるほどのかすかな音です。


「おーい、木ノ下! おっせえぞ!」

「早くこっち来いよー!」


オマケに、前方で一足早く橋にたどり着いた二人から、

催促の声がかかりました。


「ハイハイ……」


さっきの謎の音のことはひとまずスルーして、

俺は二人の元へと急ぎました。


「んで……火の玉は?」


吊り橋を前にして、俺は呆れ声を漏らしました。


山と山をつなぐような、その立派な大橋。


全長にして、およそ150mはあろうかというその橋は、

暗い夜の山の中で、月光でボウッと浮かび上がるような荘厳さを宿しています。


しかし。


「人魂……今日はいないみたいだな」


半笑いの水島の言う通り、

原がさんざんはやし立てていた火の玉らしきものが、

姿かたちすら無いのです。


わりと満月に近い月夜でしたから、まったくの暗闇というわけではなく、

照明もあってうっすらと橋の中ほどまで見えるのですが、

火の玉どころか、怪しい光すらもなく、ただただ何もない薄暗闇があるばかり。


「くーっ! 先輩への土産話が……」


原も、デジカメ片手にぐったりとうなだれています。


「せっかくだし、橋だけ渡ってこよーぜ。向こうに公園あるんだろ?」


来て見て終わり、ではあまりにも味気がありません。


夜の公園、というのもなかなかオツなものだし、と提案すれば、

揃って二人は頷きました。


「そーだな。めったにこんな山奥なんて来ねぇし」

「それに、行って帰ってきたら、なんかミョーなモン出てくるかもしれねぇしな!」


まだ撮影を諦めない原に、ある種感心しつつ、


「じゃ、行くぞ。……っつうか、原お前、高所恐怖症は大丈夫なのかよ」

「思い出させんなって……まぁ、下見なきゃ平気だよ」


グッと親指を立てる原に苦笑しつつ、

体重が空中に移る違和感にゴクリと唾を飲み込みました。


「……ッ、……ちょっとこれは」


これだけ立派な橋だと、グラグラ揺れることはありませんが、

それでも男三人で乗ると、わずかに振動が足に伝ってきます。


「怖ぇー……ホラーっつうか、命の危険的な意味で怖ぇえ……」


水島も、若干高所恐怖症のケがあるようで、

真っ暗な橋の下をこわごわと覗きつつ、俺の後ろを付いてきました。


「夜だしなぁ……っていうか、下、マジで真っ暗だな」

「ん、なーんも見えねぇ。昼なら爽やかな感じなんだけどなー」


と水島の言う通り、橋の下は墨汁が満ちているかのような黒がよどんでいます。


風の音の反響なのか、下からは木々のざわめきとはちがう、

くすぶるような低音が響いてきて、より恐怖感を煽ってきます。


「……原、来てなくね?」


スタート地点から半分ほど進んだところで、

ふと水島が原の姿がないことに気づきました。


「おーい、原?」


揃って振り返って様子を見ると、奴は橋の初めの方で、

進んだり戻ったりをひたすら繰り返していました。


「おーい。大丈夫かー?」

「だ……ダメかもしんねぇ……いや、無理だ。これ以上は進めん……」


やはり、本格的な高所恐怖症の原にとって、

この吊り橋は鬼門であったようでした。


「ったく、しょーがねぇなぁ」


これでは向こうの公園に行くなど、とても無理な話です。

とはいえ、あいつをあの場に放置しておくわけにもいきません。


「水島、仕方ねぇから帰ろうぜ」


と、傍らにいた友人に声をかけるも、返答がありません。


「オーイ……?」


彼の方を見やれば、俺の背後、

ちょうど橋の反対側の方へ視線を向けたまま、なにやら硬直しているのです。


「……オイ?」


両目をかっぴらき、口を半開きしたその姿。

橋の欄干にかけた手をガタガタと震わせるその様子は、どう見ても異常でした。


俺が、後ろを振り向くべきか躊躇していると、水島は小さく唇を動かしました。


「……だれか、いる」


だれかが、いる?


俺はなぜか、その台詞に反射的に振り返ってしまいました。


「な、っ……?」


向こう側、橋の先。


うすく闇がくすぶっているその場所に、小柄な影が存在しています。



「こんばんは」


と。


その影は、遠く離れた俺たちに向けて、

声をかけてきたのです。


まだ声変わりすらしていないような、幼い声。


「え……な……」


隣の水島にもその声は聞こえたらしく、奴はガチガチと奥歯を鳴らしています。


真夜中。

ろくに人もいないこんな山中で、子ども?


「こんばんは」


静かな山中。


その声は、なんの遮るものもないこちらに、まっすぐに届きます。


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