52.吊り橋で出会った子ども③(怖さレベル:★★★)

「……お、オイ、これ……ヤバくねぇか……」


みっともなく震え始めた身体をごまかすよう、

半笑いで傍らの水島に声をかけます。


「っ、ヤベェよ……に、逃げねぇと」


半泣きで漏らす水島に、俺も小さく頷きました。


幸い、子どもとの距離は橋の半分以上。

全力で走れば、追いつかれることはないでしょう。


「み、水島、走れ……っ「こんばんは」」


ザッ


足音。


ハッとかぶさるようにしてかけられた声の方向を見ると、


「い、……っ!?」


今、ほんの少し目を離した間に、その影との間がぐっと縮んでいました。


そして、橋の照明にかかる場所にきたその人影は、

あの特徴的な黄色いカバーをつけたランドセルと帽子を被っています。


小学生が――小学生が、こんな場所にいるわけがない!


「ひ、ひぃいい……っ!!」


水島が、わき目もふらずに駆け出しました。


「ちょ、っ……!」


置いていかれてはたまりません。


橋の向こう側から近づいてくる少年。

距離的に表情までは見えぬものの、

いつぞやのガソリンスタンドで目にしたあの男の子の無機質な顔がチラついて、

かけ去っていく水島の後を必死で追いかけます。


「っ、オイ、待てって……!」


ガンガンガン!


橋の上を走る激しい音が夜闇に響きわたります。


「う、わっ」


静寂に響く物音にビビりつつも、なんとか橋の入口付近まで行けば、

薄情な友人二人は揃って俺の車の方へと向かっていました。


「っ、ちょっとは心配しろっての……!」


脱兎の勢いで逃げていく二人にイラっとしつつ、

荒くなり始めた息を整え、更に走り出そうとしたところで、


「ねぇ」


ピキン、と身体が固まりました。


その、幼い声。


それは、まさに橋を渡り終えた俺の、

すぐ真後ろから聞こえたのです。


大の大人が、全力疾走で走った速度。

ふつうの子どもであれば、追いつくことなど、絶対に出来ない――


「ひ、いっ!」


俺はとっさに、カバンにツッコんでいた中身入りのペットボトルを、

振り向きざま、それがいるであろう場所へ向かって投げつけました。


ゴッ、バシャッ、ペコ……


ボトルのぶつかる音と、それが跳ね返って地面に転がっていく音。


しかし、悠長に振り返って結果を見ることもできず、

投げたペットボトルはそのままに、二人のいる方へと速度を速めました。


「……っ、はぁ、はあ……お前ら、覚えとけよ」


車の傍で震えている二人に睨むような視線を向ければ、


「お前……エゲつないことするよな……子ども、ひっくり返ってたぞ」

「ゲッ……マジか」


イヤな音が聞こえたのは確かです。


もしアレが生身の子どもだったら――と考え、

俺はおそるおそる振り返ってしまいました。


「……あ……」


橋の入口付近に、子どもが仰向けに倒れています。


薄暗い中、橋の付近の照明のわずかばかりの光によって、

子どもの口元が、なにごとが動いているのが見えました。


「……、ッ……」


もごもご、もごもご。


それは、あまりにも不気味な光景。

ゾッと血の気が引いて、水島と原の二人を振り返りました。


「あれ……ヤベェヤツじゃねぇか? 本物の子どもか……?」

「……わかんねーけど……幽霊にしちゃ、ずいぶんハッキリ見えるよな……」


原が、言いにくそうに口ごもりました。


もし、幽霊でもバケモノでもないとすれば、

俺は子どもに暴行を働いたことになります。


真後ろに来られた、と思ったのだって、

スケートボードとか、なにかのおもちゃを使ったのかもしれません。


このまま放って帰って、大事件になったりしたら――。


「……いや、おかしいだろ。こんな山ん中……どうやって子どもが一人、

 こんなとこまで来るんだよ」


フッ、と頭が夜気で冷やされました。


「こ、このへんのうちの子、とか……」

「……来るとき、民家なんてなかっただろ。

 それに、駐車場に俺たち以外の車も無かったし」


確かに、親が連れてきたのであれば、車両が置かれているはずです。


それに、昼間ならともかく、

深夜にこんなところに子どもを放置する、なんてのは現実的ではありません。


「じ……じゃあ、アレ……やっぱり幽霊……」


原が引き気味に転がったまま唇だけ動かす子どもを見つめます。


「……あの子の動き、明らかにおかしかったよな」

「た、確かに……気味悪いくらい早かった、けど」


答えた水島の顔色が、どんどん悪くなっていきます。


「ッ、早く帰るぞ!」


俺が車のカギを取り出そうとしていると、


「お、おい……あいつ、起き上がってきたぞ……」

「え、っ……」


ムクリ、と例の子どもがゆらゆらと揺れながら立ち上がりました。

妙に機械的というか、現実味の無いような動きに、ゾワ、と嫌な鳥肌が立ちます。


「おい……なんか、アレ……」


と、原が不意に眉を寄せ、子どもの更に向こう、

吊り橋の方を指さしました。


「なんだよ、急に……イッ!?」


水島が、ダルそうに呟き、途端に引きつった声を上げました。


「き、木ノ下……早く車のカギ開けろっ!」

「わ、わかってるよ……」


鬼気迫る様子の二人に急かされ、俺は慌ててドアのロックを開け――


「……あ、開かない」

「ハァ?!」


原の怒気のこもった声に、

俺はガチャガチャと何度もカギ穴に差し込みつつ。


「あ、開かねぇんだよ! 見ろ、入ってんのに……回んねぇんだって!」


おかしいのです。


たしかにカギは刺さっているというのに、

その先がちっとも言うことをききません。


「わ、うわ……き、来てるぞ!!」


水島が慌ててぐいぐいとこちらの肩をつかんできます。


「お、俺がやる!」


横から原が割って入り、ガチャガチャとカギにとりかかります。


「は、早く! ヤベェって!!」


水島が顔面を蒼白にして急かしてきます。


「見てわかるだろ! 開かねぇんだよ!

 第一、何をそんなに慌てて……」


俺は、あまりの様子の二人に苦情を言いつつ、振り返り――


「は、早くっ! 早くしねぇと、アレが来る……!!」


叫ぶ水島の向こう、怪しい動きをする子どもの、

そのさらに先にある、橋の方へと視線が吸い寄せられました。


「も、もうちょっと……!」


原が必死にカギと格闘する声が遠く、

夜闇に孤立する吊り橋――それの明らかな変化に、俺は言葉を失っていました。


「……え……」


橋のたもと。


照明とは明らかに違う、青白い光。


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