9.さびれたガソリンスタンド①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)

『20代男性 木ノ下さん(仮名)』


いやぁホント、

肝試しなんてやるもんじゃない。


俺がそうこりたのは、

大学一年のとある夏の日でした。


いわゆるFラン大学に入学した俺は、

単位をとるのもそこそこに、

バイトに遊びにと大学生活を満喫していました。


彼女こそできなかったものの、

バカをやる友だちはいっぱいできて、


そんな仲間たちとつるんで出かけたり、

ナンパ行って惨敗したりと、

まぁ楽しくやっていたんです。


そんなアホな俺たちが、

夏に入って肝試し!

となるのはある意味当然の流れだったのかもしれません。


その日、ちょうどヒマを持て余していたオレと、

バイト休みだった水島と原の三人が、

ファミレスで夕食を食いがてら、だべっていた時です。


不意に、

水島が両腕をテーブル投げ出しながら

思い出したかのように言い出しました。


「あーそうだ。バイト仲間に聞いたんだけど、

 うちの大学の近くにヤベェスポットがあるんだってよ」

「はあ? ヤベェってなにが?」


意味がわからず俺が聞き返すと、

ドリンクバーで炭酸飲料てんこ盛りの

ミックスオレを作って帰ってきた原が、


「あ、それオレも聞いたことあるわ。アレだろ? あのガソスタ」

「そうそう! あのさびれてるトコ」


二人の話によれば、大学の裏手に

今や完全に廃れてしまったガソリンスタンドがあるのですが、

そこがよく”でる”のだと話題になっているらしいのです。


特にスタンドの奥、休憩用の小さな家屋の中、

ガラス扉の向こうになにかの影を見る人が後を絶たないのだとか。


「それ、ホームレスとかじゃねぇの?」


真夏の暑さをしのぐために居ついている、

なんていうのがオチなのでは、と問えば、


二人とも口をそろえてそうじゃない、

幽霊としか思えない感じで出てくると聞いた、というのです。


そこまで言われれば、

じゃあホントかどうか見に行こう、となるのは

ありがちな流れでしょう。


場所も、今いるファミレスから徒歩十分もかかりません。


腹も膨れて気分も上々の三人で、

そこに向かうことにしたのです。




夜の九時をすこし過ぎたそこは、

シン、と静まり返っていました。


肝試しには早めの時間帯ゆえか、

他に誰もひと気がありません。


街灯の電球が切れているらしく、

わずかな月明かりのみに照らされたガソリンスタンドは、

不気味な静寂を宿していました。


前の肝試し客が置いていったと思われる

菓子のゴミやペットボトルが転がっているのを横目に、

提案者の水島に声をかけました。


「で、どうする? 肝試せるほど広くねぇけど」


そうなのです。


なにせガソリンスタンドですから、

敷地はまぁまぁ広かったものの、

建物など例の休憩室兼トイレくらいで、

あとは半壊状態の洗車機があるくらいです。


「あー、じゃあ一人ずつあの休憩室に入って

 中からこっちに電話するってのはどうだ?

 なんか変な物音とかしたらおもしれぇだろ」


原が懐中電灯代わりの携帯電話をユラユラさせつつ、

そんな恐ろしいことをいうのです。


「それシャレになんない音とか入るんじゃねぇの」

「でも面白れぇな。イイぜ! 最初だれいく?」


ビビる俺とは対照的に、水島も乗り気でした。


三人でじゃんけんをして、

行く順番は俺木ノ下、原、水島となりました。


「うへぇ、一番か」

「がんばってこいよ~」

「忘れず電話しろよ!」


二人はニヤニヤしながら俺を送り出しました。


俺もユーレイやらオバケやらを信じていませんでしたが、

夜の無人のガソリンスタンドというのは、

なかなか異様な雰囲気を醸し出しています。


とはいえ、情けない姿を友人たちにさらすわけにもいかず、

しぶしぶ奥の休憩室のガラス扉を開きました。


本来は透明なガラス壁を透かして中を見られたのでしょうが、

ホコリだか皮脂だかで、まるですりガラスのような状態です。


「うわ、汚ねぇ……」


さらに、室内は足の折れたイスや、

生ごみにパンフレットの残骸らしきものが打ち捨てられ、

ドロッとした茶色い液体がところどころ床にへばりついています。


壁もスプレーによる幾何学なラクガキばかりで、

恐怖よりも、不潔さへの嫌悪感が勝ちました。


「あー……電話するんだっけ」


とても奥のトイレまで行く気になれず、

雑誌だか新聞だかがバラまかれている比較的マシな位置から、

水島の携帯へ連絡を入れます。


「おい、中見てるぞー」

『おー、どうだ? なんか妙なモンとかあったか?』

「んー、別になんも。

 っつうか中めっちゃ汚ねぇ。ゴミだらけだし」


視線を足元に落とせば、

新聞紙の破片まで散らばっています。


ここまで荒らす奴がいるもんだなぁと、

水島と、途中電話を変わった原を相手に軽く雑談して、


「んじゃ、なんもねぇしそろそろ戻るわ」

『おー、交代だなー』


至ってなにごともなく通路は終わり、

さぁ出ようと扉に手をかける寸前、

チラッと視界に気になるものが映りました。


「あれ……さっきの新聞の」


そう、それは散らばっていた新聞の切り抜きが

貼られた壁です。


よくドラマなどで見る誘拐の

時の切り抜きのようなそれ。


たいして深く考えず、

携帯のライトを当てて、ゾッとしました。


そこには、大小さまざまな字体で、


『子供』

『子ども』

『こども』

『コドモ』

『子供』


ところ狭しと”子ども”の単語の

羅列が貼り付けられていたのです。


「うっわ……」


思わず目を逸らし、

後ずさりしてしまいました。


どういう意図によるものかもわからぬそれは、

異様なまでの執着心がこびりついているかのように、

ベタベタと執拗に重ねて貼り付けられています。


「い、いいや、戻ろう……」


それについて深く考えることは脳が拒否していました。


ドッと疲れを感じつつ二人の元に戻れば、

両足をパタパタと足踏みするように待つ原の姿が見えました。


「おーお帰り!」

「ただいま……」


水島も、朗らかに片手を上げて歓迎してくれましたが、

とても同じノリで返せる気分ではありません。


「よっしゃ、じゃ、次オレな!」

「マジ、汚ねェから気をつけろよ……」


暑さにダレたように座る水島の隣に腰掛け、

突入していく原の後姿を眺めます。


「やっぱさ……ホームレスじゃねぇの?

 ゴミとか新聞紙とか、めっちゃあったけど」

「だったら拍子抜けだよなぁー」


二人してタバコに火をつけつつだべっていると、

俺の携帯が震動をはじめました。

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