8.トンネル内の殺意②(怖さレベル:★★☆)

ヒタ、ヒタ。


そのいびつにゆがむ口元が、

扉をへだてて目前に――。


「う、わああぁあ!」


自分の喉からほとばしった悲鳴で、

私はハッと正気に戻りました。


このままここにいては危険です。


足をもつれさせるようにしながら、

私はあわてて非常用出口の滑り台に飛び乗りました。


真っ暗闇の中、

その上誰一人通ることのない冷えた坑内。


いつ後ろにあの女性が凶器を持って襲い来るとも限りません。


ヒタ、ヒタ、

というあの音が真後ろにせまっているんじゃないか。


闇の中からあの顔がぬっと現れるんじゃないか。


恐怖で縮こまる身体をなんとか動かして、

細い階段をバテながら上り切り、

地上の出口へようやく身体を出しました。


背後に懐中電灯を向けても、

何者の姿もありません。


しかし、ほっと気を抜いている場合ではなく、

私は自宅へ飛んで帰り、慌てて110番をしました。


しかし、あのできごとをすべて正直には話せなかったため、

トンネルにうるさい若者たちが来ていて迷惑だ、

と言うしかありませんでしたが、


どうやら同様の苦情が多かったようで、

すぐにこちらに向かってくれると言ってくれました。


そのあと、

施錠をこれでもかというほどキッチリして、

私は家の中でブルブルと震えているしかありませんでした。


30分がまるで一晩もあるかのように感じられたころ、

遠くからサイレンの音が鳴り響いてきました。


私はホッと肩の力が抜けて、

あのトンネルでの詳細を確認する間もなく、

そのまま気絶するように部屋で眠ってしまったのです。




翌朝、未だ響くサイレンの音で目が覚めました。


時刻を確認すれば、

朝の六時を回ったところ。


通報したのが深夜でしたから、

いくら何でも長すぎる。


そう不審に思って、朝の陽ざしに勇気をもらい、

野次馬然とした風体でトンネルの方へ向かいました。


トンネルの前には、

パトカーが5台も停車しており、

ドラマで見るような黄色いテープで仕切られています。


すでに、町の住人たちがわらわらと集っており、

がやがやと何やら話をしているようでした。


「なにかあったんですか?」


私は素知らぬフリで先にいた住人に尋ねました。


「ああ、なんでも殺しがあったんだって。物騒だねぇ」

「え……殺し……?」


冷や水をぶっかけられたかのように血の気が引きました。


「大学生同士の殺しだってさ。なにもここでやらなくてもねぇ……」

「そうそう。四人死んでたんだって? 怖いわぁ」


四人。

昨日見た人数は合計で五人。


他に肝試しをしていた可能性もありますが、

昨夜の状況からして、まず間違いなく彼らでしょう。


「ひどいよねぇ。女の子が殺しまわって、最後自殺なんでしょ?

 最初っからそのつもりだったのかねぇ」


――自殺?


十中八九、

あの棒を持っていた女性でしょう。


追ってこないと思ったら、

そんなことになっていたなんて。


「なんか、逃げ延びた女の子も、

 すっかり気が狂っちゃって錯乱してるって話じゃない」

「聞いた聞いた。あとひとりいる、あとひとりいる……とかって、

 救急隊に連れられてく時言ってたよねぇ」

「やーね、なんか変なクスリでもやってたんじゃないの」


あとひとり。


私はその単語にゾッと冷たいものを感じ、

まだ会話を続ける町の人たちの言葉を

とても聞いていることができず、

ふらふらと自分のうちに帰りました。


生き残ったという女性の言っていた、

あとひとりという言葉。


そのひとりとは、

もしかして、私のことではなかったのでしょうか。


数日後、新聞に掲載された内容によれば、

トンネル内で喧嘩になり、

怒り狂った女性が友人たちを殺害した、

という内容が掲載されておりました。


殺害された人数が人数なだけに、

それなりにニュースになったようでしたが、

私はその詳細を調べる気にもなれませんでした。


そしてその後、

私はとてもあの地に留まっていることができず、

早々と県外へと引っ越してしまいました。


伝え聞いた話によれば、

今はもうあのトンネルはすでに潰されて、

通るどころか中に入ることすらできなくなっているそうです。


私といえば、今でもごくたまに、

トラウマとなったあのできごとを思い出すことがあります。


事件の理由は喧嘩となっていましたが、

いくら怒ったにせよ、女性ひとりの力で他の四人、

それも男性も含めて殺せるものなのでしょうか?


あのトンネルは、曰くなど無いと聞いてはいましたが、

なにせ山の中、それも心霊スポットなどと持てはやされたせいで、

なにか嫌なものがすみ着いていたのではないのでしょうか。


そして、それがあの女性に乗り移って……。


などというのは、

私の妄想でしかありませんが。


引っ越して、もうトンネルとは

まったく縁が無くなったにも関わらず、


闇の風の音に紛れて、

あのヒタヒタというトンネル内を歩くあの音。


そのおどろおどろしくも物悲しい足音が、

時折聞こえてくるような気がするのです。

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