9.さびれたガソリンスタンド②(怖さレベル:★★☆)

「おー、どうよ中は?」

『まじきたねーなー! ホント、ロクに管理されてねぇな、ココ』


スピーカーモードにした携帯からは、

なにやらゴソゴソと周囲をあさる音も聞こえてきます。


『うっわ、いつのゴミだよこれ……ぎゃっ、ゴキでてきた』

「バーカ、きったねぇなァ」


水島も、

バカ笑いしながら両手を叩いています。


しかし、それ以上特になにか起きるということはなく、

間もなく微妙な表情で帰ってきました。


「触っちまったよ、あの黒いボディに……手洗いてぇ」

「中にトイレあっただろ?」

「あの惨状みてトイレとか、ぜってぇ行きたくねぇわ」


軽口をたたき合いながら、

挑戦者が入れ替わります。


最後はこの肝試しの言い出しっぺの水島です。


「大トリだな! よし、行ってくるぜ~」


余裕の鼻歌を歌いながら、

奴は扉の奥に消えていきました。


「お前が言ってたとおり、中、ひでぇモンだったなー」

「だろ? 靴にミョーなシミとかできてねぇか心配だわ」


などと話しているさなか、

ふと例の新聞の切り貼りのことを思い出しました。


「なぁ、中の壁で、

 妙な新聞の切れ端がベタベタ貼られてるヤツみなかったか?」

「新聞の切れ端ィ?

 ……いやー、わかんねぇな。見逃したかなぁ?」


首をひねる原は、

どうやらアレには気付かなかったようです。


ホッとしたような、少し残念なような

気分で話を続けていると、


「……お?」


原の携帯に、水島からの着信が入りました。


「うぇーい。どうよ?」

『思ってた以上にぐっちゃぐちゃだなー!』


水島のハイテンションな声が高らかに聞こえてきました。


『つーか、ホームレスかわかんねぇけど、

 ぜったいここで飲み食いしてる奴らいるよな。

 生ごみ系多すぎんだろ。……って、なんだコリャ?』

「おー? なんかイイモン見つけたか?」

『おー、なんか……あぁこれ、新聞の切り抜きだわ』


水島のその言葉に、

ああ同じ壁を見たのだろうと思っていると、


『ってうわ、キモッ……なんだこれ、赤いペンキか?

 うっわ、子ども子どもって……切り取られてる文字もキメェな』


赤いペンキ?


そんなの、

自分が見た時には気づかなかったのに。


『まぁいいや、もうちょっと見て…………』


奴の声が、

変な間を開けて途切れました。


しかし、通話自体はまだ繋がっています。


「? おーい、水島?」


不審に思って名前を呼ぶと、


『ひ……う、うぎゃあぁぁああ!』

「っわ」


こちらの鼓膜が破れんばかりの悲鳴。


と同時に、休憩室の扉が蹴飛ばされるように開いて、

中から水島が転がり出てきました。


「お、おいおい、どうしたよ」


尋常でないびびりっぷりに、

こわごわと声をかければ、

水島は息も絶え絶えと言う有様で、


「こど……こど、こども……子ども」


と呟くのです。


子ども――子供?


それは例の、新聞の切り貼りにあった単語です。


――と。


水島の背後。


僅かに開いたガラス扉の隙間に、

ちいさな白い指がかかったのです。


「あ……」


俺の目線に気づいた原もおなじものを見たようで、

ガチガチと奥歯が震え始めました。


そのちいさな指の上、

真っ暗闇のその中から、

ポツン、と白い鼻が現れました。


「こ……こども……?」


原の声は怯えのためか掠れています。


そして、その音に反応したかのように

さらにニュイッと顔が現れました。


「わ……ああ……」


紙よりもなお白い、青い肌、

黒々と大きな目、無の表情を浮かべた唇――。


幼い男の子の顔が、

ぽっかりと宵闇に浮かんでいたのです。


本来身体のあるべき部分は真っ暗闇で、

こちらをジッと見つめてくるまなざしは

なんの感情も宿していません。


ひ、だか、う、だかの声が喉から漏れました。


しかしその子はなんの反応もみせず、

ただただこちらを見つめてくるばかり。


病的なまでに白い顔は、

いっそ悲しみすら感じさせます。


汗で滑る指をぐっと握って、

何か声を出そうとしたその瞬間、


「……う、うぎゃああぁあ!?」


後ろを振り向いた水島が、

はじかれたように駆け出しました。


完全に呆けていた原と俺は、

その声でハッと身体の自由を取り戻し、

逃げるようにして水島の後を追いました。




「……死ぬかと思った」


ファミレスに飛び込んで早々、

ポツリと水島はそんなことを漏らしました。


なんでも、あの電話の途中、

例の切り貼りを見た直後、突然強烈な視線を感じて、

条件反射でその方向を見たそうです。


そしたら、トイレの方向、真っ暗な空間の中から、

子どもの顔だけがボウッと浮かんでいたのだとか。


「あんなトコに生身の子どもなんているわけないだろ?

 お前らもなんも言ってなかったし……はぁ、まさかホントに見ちまうなんてなぁ」

「……オレ、ユーレイなんて信じてなかったけど、

 今日のはマジだったな……」

「肝試しとか……ホント、こりごりだわ……」


三人ともすっかり憔悴し、

その日からしばらくの間、夜遊びをあまりしなくなりました。


幸いというべきか、いわゆる”祟り”のようなものは

我々三人には何も起こらず、

今でもときどき連絡を取りあい、元気に暮らしています。


あのガソリンスタンドは、しばらく放置されていたのち、

ようやく取り壊す計画が立った、というウワサを耳にしました。


未だ肝試しとして有名だったあの場所。


それでも、スタンドが取り壊されれば、

あの少年も、天国へ行くことができるのでしょうか。


あの子どもの、無表情かつ、

どこか悲し気なあの瞳を思い出すと、

彼の成仏を願わずにはいられません。

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