三話
夏の暑さを思い出せなくなる肌寒い十一月の深夜である。霜月に冷やされた夜風が、汗ばんだ身体を突き抜ける。余分な熱を連れ去ってくれるのがありがたかった。身体が興奮と緊張で火照るには、いい季節なのかもしれない。なぜ、火照るのかと言えば、それは僕の隣を歩く少女のせいだった。
僕たちは、帰路についていた。向かうは僕の部屋があるアパートである。僕は一人暮らしだ。僕の部屋に、ついさっき会ったばかりの少女がやって来る。しかも、彼女は僕の部屋に泊まると言う。僕史上、前代未聞の大事件である。しかも彼女は、普通ではない。それは身なりからも分かることで、今は僕が着ていた、だぼだぼのアウターを羽織っているが、その下には、血や傷に犯された身体、ぶらぶら揺れる骨折した右腕、鱗と大きな爪がある異形の左手やらで、誰が見てもその異質さに目を見張ってしまう状態なのである。顔も青アザだらけで、口元にもべったりと血が付着していたので、僕は彼女にアウターについていた大きなフードで顔も隠してもらった。
まず、少女は僕の部屋に来る前に、病院へと行かねばならないはずなのだが、彼女本人がそれを拒んだ。理由を尋ねると、左手を見せられた。
人を突きさせる程の大きな鋭い爪を持ち、爬虫類の鱗のようなものに覆われたそれは、確かに、突拍子もなく、易々と人には見せられないだろう。しかも少女は、「こんな怪我、一晩眠れば完治する」と言うのである。だから、僕の部屋に泊まらせてくれ、なのだそうだ。他にも無視できなことはあった。人が一人、僕の目の前で死んでいるのだ。あと、住宅のブロック塀も、少女と化物との戦闘で壊れたままである。僕は警察へと連絡しなければいけないのではと言った。しかし、「もし、警察に連絡するとして、あなた、どう説明する気なの?」と言われたら、僕は恐くてそれも出来なかった。
こんな普通ではない少女を匿うことで、不穏な事件に自分が巻き込まれていくのは、今の段階で実感していた。病院にも警察にも言えない。そんな事態、一般人の生活レベルから逸脱している。僕は後戻り出来ないレールへと踏み込みつつある。だが、僕はもう、それを望んでいた。今まで僕が歩んできたレールこそ、間違いだったのだと、僕は気付いているのだから。
「えっと、自己紹介しなきゃだね」
彼女に近づくことで、僕は変わるのだ。それにはまず、彼女のことを知らなければならない。
「僕は、雨宮叶笑児(あめみやかえる)っていうんだ」
「私は、もぐらよ」
「それって本名?」
「本名はもうないの。ただ、蚯蚓を狩るハンターだから、もぐらなの。この名は前の蚯蚓ハンターから貰った名前なの。だから、二代目もぐらってとこかしら。叶笑児も、私のことはもぐらって呼んで頂戴」
「色々、聞きたいことがすごくあるんだけど、いいかな?」
「すごくっていうのは、いくつなの? 私、そういうアバウトな表現が嫌いなの」
「ちょ、ちょっと待ってね」
「ちょっとって、どのぐらい?」
「五分頂戴!!」
僕は急いで質問内容を整理する。シンキングタイムは多めに貰ったつもりである。なかなかに、もぐらはキッチリ(気難しい?)した少女であった。
五分経過。
「聞きたいことは三つあるんだけど、いいかな?」
「ええ」
「まず一つ目は、あの化物、蚯蚓っていうのかい? あれって何なの?」
「蚯蚓は、元人間の化物といっておこうかしら。カフカスキーによって、自意識と人間の尊厳を奪われた、可哀想な元人間なの」
「何をされたら、あんな化物になるっていうの?」
「それは、二つ目の質問かしら?」
質問数、余分に宣言しとけば良かったと、僕は後悔する。
「あいつは妙な術を使うの」
そう言って彼女は立ち止り、左腕の上着の袖をめくり、よく見えるように左手を僕の目の高さに上げた。街灯に照らされた鱗と爪が妖しげに光を反射する。
「この世界にはね、魔法っていうものがあるの。この左手もそうよ。魔法によって化物に変えられてしまった蚯蚓を、この左手で殺す。それが私の使命なの」
殺す。その単語を口に出した時の彼女は、なんだか辛そうに見えた。
「で、三つ目の質問は何?」
僕を置いて歩きだした彼女は、最後の質問を催促してくるが、慌てて追いかける僕は、また新たに出現したキーワードに戸惑うばかりであった。
カフカスキーなる人物はいったい何者なのか?
魔法とは、一体何なのか?
けれど、それをいちいち詮索していたら、キリがないように思われた。きっと彼女もそう思って、僕に質問の数を決めさせたのだ。
「蚯蚓を狩るハンターって、どういう存在なの?」
「蚯蚓の駆除、そして、一番の目的は、カフカスキーの殺害よ。蚯蚓が現れる所にカフカスキーがいると考えている私たちは、蚯蚓が現れる場所に出向き、蚯蚓を殺し、カフカスキーの居場所を探しているの」
私たち、ということは、彼女には仲間がいるのだろうか? 他にも聞きたいことは山ほどあった。彼女を知れば知るほど、謎が増えて行く。でも、僕は本当に知りたいことを思いつく。
「なぜ、君は蚯蚓のハンターをしているの?」
「それは、私の内面に直結する話だわ。それに質問は三つまででしょ? 質問タイムは終わり」
僕は、彼女の気を悪くさせてしまったのではないかと、不安になる。彼女に嫌われてしまっただろうか? その怯えが僕の顔に表れていたのだろう。
「叶笑児、そうやって分かりもしないことを、気にしすぎるの、良くないと思うわ」
彼女は、怒っているようだった。何に対して怒っているのか僕には分からない。でも、こういう風に邪推というか、相手の気持ちを勝手に決め付けて悩むのは良くないという、彼女の言葉に従うのであれば、僕は、その分からない、を気にしないほうがいいのかもしれない。怒っていると、決めつけてはいけないのかもしれない。その心構えで初めて、他人の心象を気にしすぎるぐらい気にする僕の性格は、ちょうどよくなるのかもしれないからだ。
以後、僕たちは無言のまま、帰路につく。
「おにい、おかえ……り!?」
自分の部屋に帰ると、すでに先客がいた。
「おにい、めだか、今日おにいの部屋にいるってメールしたのに、何で女の子連れ込んでるのよ!! 私にイチャイチャプレイを見せるつもりなの!?」
僕の愚妹であった。もぐらをとりあえず風呂場に入れ、妹のめだかに、もぐらのことをどう話そうか、僕は混乱する。ポケットに入れていた携帯電話をチェックすると、十分前に妹からのメールを受信していた。
『今日、おにいの部屋来てるから☆ ご飯も用意してるから、真っ直ぐかえること(ニッコリマーク)』
「いや、めだか。十分前に急にこんなメールを送ってきて、それを見てないと責められても困るのだが」
「おにい、友達がいないから、メールがきたら誰からであろうとすぐ『誰だろう!!』ってわくわくしながらすぐ確認するじゃない」
「そうだけどさ……」
妹にそんなことを言われたくなかった。妹がいるときにタイミングが悪いなと思ったが、僕はすぐ、それを思い直す。もぐらのような女の子をどうもてなせば良いか分からない僕にとって、めだかがいてくれることは、とてもありがたいことだと気付いたのだ。僕はめだかに、もぐらのことは、ありのままを話そうと決めた。
「めだか。とりあえずさ、あの娘、もぐらっていうんだけどさ、あちこちひどい怪我してるし、汚れているから、もぐらが身体を洗うのを手伝ってあげてよ。あの娘、この町の悪と戦う魔法少女なんだよ。さっきも凶暴な化物と戦っていたから、結構疲れてると思うんだ。彼女、宿がないらしくて、そんで家に泊めて欲しいっていわれて連れて来たんだ」
「え、魔法少女なの!?」
「うん、正体を公にしたくないから、家に泊まらせて欲しいってことだと思っているんだけど」
妹は重度のアニメオタクで、とくに日曜朝にやっている女児向けのアニメシリーズが好きで、本当のことを話したほうが、喜んで協力してくれると思ったのだ。そのアニメシリーズは、可愛い美少女戦士が大切な人を守る為、人類の滅亡を企てる巨大な怪物と戦う、愛と友情がテーマの物語群である。
「じゃあ、めだか、もぐらさんのお手伝いしてくる!!」
案の定、めだかは疑うそぶりを見せず、嬉々としてもぐらのいる風呂場へと向かった。僕は彼女たちが戻ってくるまでに、食事の準備をするため、めだかが作ってくれた料理を温め直し、食器を机の上に並べた。部屋はすでにめだかによってきれいに片づけられていたから、それぐらいしかすることがなかった。
「そんじゃ、いただきます」
「いただきまあす!」
お風呂から上がった彼女たちと僕は食卓を囲む。めだかは僕の部屋に常備してある水玉のパジャマを着ていた。もぐらはめだかの部屋着を借りたそうで、上下茶色の、ふわふわ柔らかいファーで覆われた(もこもこ?)服を着ていた。フードには丸い玉が二つ付いていて、熊の耳をイメージしている。もぐらは、袖口を顔に当て、触り心地を楽しんでいた。
どうやら、その部屋着をお気に召したようである。僕はもぐらの折れた右腕と、大きな異形の左手を考慮し、訊いてみる。
「左手で食事は出来る?」
「それは可能よ。でも、折角用意してくれたのに申し訳がないのだけど、お腹はすいてないわ。さっき食べたわけだし。この食事はいらないわ」
彼女の食事シーンを思い出し、僕の食欲が少し減少する。
「え、もぐらさん、何食べてきたの?」
「仕留めた蚯蚓を食べたのよ」
「蚯蚓っていうのは、バイトの帰り道、俺が襲われそうになった化物の名前で、もぐらがそれを間一髪で助けてくれたわけだけど、その化物を倒した後、化物の実体が、こうパーっと青白い光に包まれたかと思えば、光になったそれをもぐらが飲み込んだんだ。いやあ、幻想的だったよ」
と、僕はめだかに嘘をつく。僕とめだかの食事中であるし、めだかには、人が一人死んでいること、もぐらが蚯蚓を獣のように、歯で喰いちぎり、血を滴らせながら咀嚼して食事をしていたことなど伝えたくなかった。めだかには、あまり不快な思いをさせたくないという配慮もあれば、警察事件になることは、こちらだけで隠ぺいしようと思ったのだ。
もぐらにも目配せしたが、彼女は別に僕が喋る事が、事実か嘘かどうかなど、気にしてはいなかった。その証拠に、もぐらは「その代わりなのだけど」と僕に切りだす。
その代わりとは、食事の代わりか。「ん?」と、僕は冷めないうちにと思い、味噌汁を飲みながらもぐらに耳を傾ける。
「叶笑児の髪の毛と血が欲しいの」
「ぶはっ!?」
「もう、おにい、汚いよー」
「ご、ごめん。えっと、なんで僕の髪の毛と血が欲しいの?」
「カフカスキーを捕えるためよ」
なぜ、僕の髪の毛と血が、彼女の追う男を捕えるのに必要なのかはまったく分からない。しかし、彼女に協力したいという気持ちはあるので了承する。
「僕の食事の後でいいなら……」
「かまわないわ」
「ねえ、もぐらさん。私の髪の毛と血もいる?」
「いえ、めだかのはいらないわ」
めだかももぐらに協力したい気持ちがあるのだろう。けれど断られ「えー、なんでおにいのだけなのー」と不満を漏らす。
僕とめだかが食事を終えて片付けた後、もぐらには早速、僕の髪の毛と血を与えた。髪の毛は、僕がはさみで切ったものを手渡しした。それを彼女は一口で食べる。次に僕は、血をどう与えようか悩んだ時、もぐらは僕に「任せて」と言って、左手の大きな爪の先で、僕の首筋に浅い切り込みを入れた。チクっと皮膚を刺す痛みが走ったかと思えば、彼女は口で直に僕の血を吸った。その感覚に、痛みよりも、気持ちよさがやってくる。
二、三秒の触れ合いだった。
温かいもぐらの舌が、傷口にそっと触れるのを感じたかと思えば、彼女は僕の首筋からすぐに口を離した。彼女の唾液に濡れたそこを触ってみると、出来たばかりの首筋の傷は、塞がっていた。
口を拭ったもぐらが、どぎまぎしている僕を置いて、これからのことを話す。
「別の町で蚯蚓が出るかしない限り、この町でカフカスキーの調査を行うわ。この町にいる間は、この部屋に住まわせて欲しいのだけど大丈夫かしら?」
「うん、それはかまわないよ。蚯蚓っていうのは、この町にまだいるの?」
「今は、お腹がいっぱいだから、他に蚯蚓がいるかどうか、いつ現れるかなんて分からないわ。空腹時なら、蚯蚓が出る時は、予知で分かるわ。それまで待機よ」
「えっと、予知って、な……」
「私、もう眠いから寝るわね。叶笑児、めだか、おやすみ」
そう言って、もぐらは僕の部屋の唯一のベッドに横たわるや否や、すぐに眠ってしまった。すーすーと寝息が聞こえてくる。
「私たちも寝よっか。おにい」
めだかが敷布団を広げる。僕の部屋はそれだけで、スペースがなくなってしまう。しょうがないので、僕はめだかの布団に一緒に入る。
「もぐらさんって、ミステリアスだね」
「そうだな。どんな娘か、まだ分かんないな」
「えぇ? 私よりかは知っているでしょ。おにいは、もぐらさんと、その蚯蚓っていう化物の闘いを見たんでしょう? お風呂場で見たけど、もぐらさん、酷い怪我だったよ。もし、明日の朝、治ってなかったら無理やりにでも病院へ連れていったほうがいいよ。寝るだけで治るなんて、半信半疑だよ」
「治るんじゃないかな。彼女は、僕たちと身体の構造自体が違うんだよ。だってさあ、ものすごい闘いだったんだ。コンクリートは砕けるし、攻撃が当たれば何メートルも身体が吹っ飛ぶんだ。それで一番酷い怪我で骨折だから、本人が治るって言うのなら大丈夫じゃないかな?」
「それは外傷でしょ。内臓がやられていたらどうするの?」
もぐらの食事シーンを思い出す。あんな大きい化物一匹を平らげていたから、内臓なんてなんともないと思う。
「話がそれちゃったけど、もぐらさんのこと私よりおにいの方が知っているんだから、教えてよ。もぐらさん、無口のクールキャラっぽいからさ、訊きたくても訊けないんだよ」
めだかは、すぐに眠る気がないらしい。魔法少女(僕が勝手に、もぐらに付けた通称だが)のもぐらが、僕の部屋にいることに興奮しっぱなしだ。
「もぐらは、蚯蚓を倒しながら、その化物を生みだす男を探しているらしいんだ。そして今回、もぐらは蚯蚓がこの町に現れたから、その男もこの町にいるかもしれないと思い、ここにやって来たらしい。探している男の名は、カフカスキーっていうそうだ。僕が蚯蚓に襲われそうになった時、間一髪でもぐらが助けてくれたんだ」
実際は、僕の前に一人の男性が殺されてしまったが、ここはめだかに嘘をついたままにしておく。この嘘は、もぐらという少女を説明する分には関係ないと思ったからだ。事実、彼女はあの場に誰よりも早くやってきた。僕があの場に偶然居合わせたとして、彼女があの場にやって来た事に偶然はないだろう。
『空腹時なら、蚯蚓が出る時は予知で分かるわ』
という、三人での食事後のもぐらの言葉を思い出す。
「もぐらはきっと、未来予知が出来て、僕が蚯蚓に襲われるのを前もって知っていたんだ。そして、あのドラゴンの足のような左手で二メートル以上の大男にもひけをとらない蚯蚓を殴り飛ばしたり首を絞めたり、突きで身体をつらぬいたんだ。左手以外にも、もぐらの身体は目には見えない速さで動いたから、もしかしたら未来予知も含めて、そうした異能の力は、彼女の左手が源かもしれない。もぐらが自分で言っていたんだよ。この左手は魔法なんだって」
『この世にはね、魔法っていうものがあるの。この左手もそう』
という彼女の言葉を思い出す。
「すごい!! 本当に魔法少女なんだ!! 蚯蚓っていう化物はどういう感じだったの?」
「目と耳と鼻がなくてさ、全身毛もなくて、すごく気持ち悪いんだよ。肌色がさ……」
その後も、僕はめだかにその日の出来事を、お互い寝入るまで喋り続けた。
*
深夜、住宅街の静寂をサイレンが切り裂く。壊れたコンクリートの塀や、男性の死体を、赤色灯が照らし出す。
O県O市A町の、深夜のある住宅街で、死体が発見された。現場には数人の警官と救急隊員が押し寄せ、近隣住民も起き出して遠巻きに彼らを見ている。俺は人垣を割って、立入禁止と書かれたテープを潜り抜ける。いつもながら、現場にいる警官が俺を制止した。
「ここは、関係者以外、立入禁止です。あなたは誰ですか?」
「俺は、世界特定犯罪捜査局のネズミという者だ」
俺は、警官に俺の身分が書かれた手帳を見せる。それを見た警官は訝しみつつもすぐに、別の男を連れて来た。
「お話は伺っております。私はO県警の警部であります。署長から直々に、あなたが来られたら、事件の説明をしろといわれております」
「ああ。で、今回も同じような犯行か?」
「といいますと、今こちらで追っているO連続殺人事件のことはご存知なのですね。はい、同一犯の可能性は高いですね」
O連続殺人事件。今、O市で起きている不可解な連続殺人事件である。
ある一家惨殺事件から始まり、今回で被害者は六人目である。どの被害者にも共通する点が、二つある。
一点目は、遺体が酷く損壊しており、まるで大きな動物に喰いちぎられたようであること。今回の遺体は、一部分が損壊しているだけのようだが、これまでの五人の遺体は、ほぼ原形を留めておらず、首から上しか残っていない遺体もあった。
二点目は、六人目は調査中だが、被害者はいずれもFという少年に関係するということだ。少年Fは、最初の被害者である一家の長男である。この一家の家族構成は、両親と息子二人の四人家族であったが、一家の三人が殺された事件後、彼だけの遺体がなく、それから行方不明となっている。その後に起きた殺人事件も、四人目と五人目の被害者は、少年Fの元級友達であった。
現在、O県警は少年Fを容疑者として捜査しているが、今だ、行方を掴めていない。
しかし、俺は知っていた。もう、少年Fに関する事件は、これで終わりなのだ。少年Fは、先ほど、もぐらに殺されたのである。
俺たち、土竜の会が把握しているこの事件の真相はこうだ。
少年Fは、カフカスキーによって蚯蚓にされた後、嫌いな人間をどんどん食べていったのだ。少年Fは事情調査によると、ひきこもりだったそうで、近所の人間も、学校関係者も、ここ一年、彼を見ていない。少年Fの母親もパート先で、自分の息子が学校に行かない事を嘆いていたという。少年FはO県立A高等学校の三年生であった。この学校は、地元では名の知れた進学校で、少年Fも今年は受験生であった。けれど、成績は入学当初から良くはなく、それで級友たちにからかわれることが多かったそうだ。担任の教師も、彼にはつくづくもっと勉強を頑張るように催促していたらしく、学校に来なくなった後も、よく彼の家に訪問していたようだ。きっと彼は、思うように学業の成績が上がらず、教師、級友、家族から精神的な苦痛を受けていたのだろう。それが高じ、ひきこもりとなり、カフカスキーの餌食となったのだ。カフカスキーは、そういう窮地に立たされた人間を、蚯蚓に変えてしまう。そして蚯蚓となった者は、人間だった頃、憎いと思っていた人間から食べていくのだ。六人目の被害者もきっと、少年Fが嫌いだった人物であろう。
少年Fがもういない今、土竜の会がやることは一つ、もぐらの援助である。ただの人間の我々が、蚯蚓やカフカスキーなど、どうすることも出来ない。O県警の警部から一通り事件の概要を聴いた俺は、電話を掛ける。
「もしもし、ネズミです」
「状況はどうなっている?」
老年期のしわがれた声だが、そこには凄みがあり、俺は、いつも通りその声に圧倒される。
「もぐらが蚯蚓を一匹駆除しました。日本のO県O市のA町で起っていた連続殺人事件の元凶でありました」
「そうか。で、もぐらは?」
俺は、彼女の初の試みを説明する。
「彼女は、現在、ある青年の部屋で待機中です。この青年は、先ほど、もぐらが蚯蚓との戦闘の場で知り合った者ですが、もぐら曰く、カフカスキーが近づきそうな人物であるそうです」
「と、言うと?」
「死にたがっているように見えると、いいました」
「そうか。ならば、もぐらには、そのままその青年の監視を命じておけ。そして、お前はこの事件を上手く丸めておけ」
「は、了解致しました。ドラゴン様」
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