第三話 忘れられし砂漠の都
Ⅲ
金の刺繍で飾られた朱のマントをなびかせ、全身の装甲にも金の縁取りがある近衛師団仕様のアークナイト部隊に守られた荘厳な宮殿、その大広間の長机に、眉間にしわを寄せた将軍達が頬杖をついたり腕組みをしたりして連座している。帝国軍総司令部の御前会議に急ぎ呼び出された騎士ノイシュは銀の仮面を小脇に携え、長机の背後の暗い玉座から一同を見下ろす皇帝に一礼して着席した。今のノイシュにとって、ここは軍議というより吊し上げの場だ。
「ウェルスランド攻め、滞っておるようだな」
「申し訳ございません皇帝陛下」
「貴様には失望したぞノイシュ」皇帝の隣に立つ漆黒の甲冑の男がすかさず口を挟んだ。「聞けば、敵軍の魔鉱兵に返り討ちにされたそうではないか。父上、やはりここは私のマジックナイト部隊にお任せを」
「焦るでない。息子よ、若さは力だ。ウェルスランド王には世継ぎがおらぬ。王が没すれば宮廷は必ずや混乱のるつぼと化すであろう。そのときこそ、ベルク、お前が皇帝となり彼の地を平定するのだ。つまらぬ戦いに身を投じて命を落としてはならん」
「しかし、父上!こいつは大軍を預かりながら、おめおめと逃げ帰ってきたのですよ!」
皇帝は溜息をついた。が、ベルクに指差されたノイシュは落ち着き払って兵器開発部門の魔術師団代表にちらと視線を送り、不敵な笑みを浮かべた。
「皇太子殿下のおっしゃる通りですが、収穫もありました。まず、敵の魔鉱兵ですが、あれは現時点では出来損ないの囮にすぎません。不意討ちで陣を乱されはしましたが、そのような戦法が通用するのも一度限りです。僚機もなく、操縦者はろくに訓練されていない素人、おそらく量産段階に達していない試作品といったところでしょう。畏れながら私見では、もうひとつの新兵器……新型の長距離砲こそが、やはり敵の主力と考えます。実際、上陸部隊及び艦隊が被った損害のほとんどが超長距離からの狙撃によるものです」
「ほう」
「そして、沿岸に設置されていた長距離砲と砲弾のサンプルを持ち帰ることができました」
魔術師が皇帝に一礼すると、将軍達の視線が集中した。
「件の新型砲は、すでに魔術師団の総力を挙げ解析を進めております。ですが、結論から申し上げますと、我が軍での本格的な運用を実現するためには今しばらく時を頂かねばなりません」
超長距離狙撃の秘密は、砲身内部に刻まれた螺旋の溝にあった。流線型の砲弾が燃焼ガスの流れに沿って回転することで、その飛行姿勢が安定し、射程距離が飛躍的に延長され、しかも標的への命中率が向上するのだ。このような砲身と砲弾の形状は帝国が召し抱える鍛冶職人達の技術でも再現可能だが、試射を繰り返すうちに未知の特性が浮かび上がった。
「着弾点が予測とずれるのです。鋳造品の精度不足による誤差ではなく、砲を向けた方角に応じてずれ方が変わるため、実射データを蓄積し、いかなる状況に於いても照準を修正し得る計算式を導き出すまでは、たとえ実戦配備したとしても使い物になりません」
「鹵獲した砲に破壊工作の形跡はないのだな?」
「はい」
「では、解析は続行し、量産を進めよ。ひとまず数さえ揃えば命中率など多少低くともよい。データは実戦でも収集できよう」
「かしこまりました」
皇帝はノイシュに向き直った。
「敵の魔鉱兵については、余はもう少し注視したい。報告通りの性能なら、外国からの技術支援の産物とは考えにくいが、我が軍の戦線を支えておるのはまぎれもなく魔鉱兵部隊である。いかな新兵器といえど模倣され諸国に拡散してしまえば陳腐化する。放置すれば、いずれ戦の形勢を覆されることもありえよう。引き続き偵察し、可能ならば捕獲せよ」
皇帝がそこまで言ったとき、大広間の扉が音を立てて開かれ、伝令の兵士が入室した。兵士は即座にひざまづこうとしたが、長机の向こうに屈み込まれては声がよく聞こえないので、皇帝がそれを制して気をつけの姿勢のまま報告させた。要約すると内容はこうだ。ウェルスランド沖で試験中だった水陸両用試作魔鉱兵クラーケンが行方不明。仮設基地は壊滅、操縦者および現地に派遣した人員は全員死亡、何者かの奇襲を受けたらしいこと以外は分からない。しかし、帝国の盟邦であるフェリア王国領内にて、所属不明の魔鉱兵が目撃されたとの通報があり、フェリア王国軍は帝国の指示を欲している。
ウェルスランドはフェリア経由での反攻を画策しているのか……?いや、そう思わせての魔鉱兵を使った陽動かもしれぬ……。将軍達の間にどよめきが走り、ノイシュは皇帝の言葉を待たずに立ち上がった。
「騎士ノイシュは、フェリア王国に急行せよ」
「はっ!ウェルスランド上陸作戦失敗の汚名、必ずや返上してご覧に入れます!」
ま、せいぜい頑張るがいいさ、と言うように、漆黒の甲冑のベルクは黒く燃える瞳で白騎士ノイシュを見てニヤリと笑った。
帝国首都からフェリア王国へは、諸都市を出入りするたび面倒な手続きが必要になる陸路よりも、潮流の都合で海路のほうが早い。ノイシュが軍港へ戻ると、態勢を立て直しつつある帝国艦隊では、反攻に転じたウェルスランド軍が迫っているという噂がすでに広まっていた。この情報は裏が取れ次第すみやかに皇帝の耳に届けられねばならないが、それはそれとして、特命を帯びているノイシュはアークナイトとともに輸送船に乗り込み、単身フェリア王国へ急いだ。
古い歌や書物に“ひとたび迷い込めば生きて出られる者はない”と伝えられる大砂漠のイメージから、フェリア王国は“砂の国”とも形容されるが、その首都は灌漑によって豊かな水と緑に恵まれ、灼熱の太陽のもとに、国家宗教の象徴でもある白く輝く王宮がそびえ立っている。門前を守る獣頭人身の魔鉱兵は、帝国の技術支援を受けて国内で独自に開発されたものである。フェリア王国は現代に連なる魔術体系発祥の地ともいわれ、鉱石魔術に於いても技術力は帝国に引けを取らない。それゆえ皇帝はフェリア王国に攻め込まず、魔鉱兵に関する技術供与と引き替えの同盟という形で戦を避けたが、水面下では帝国の影響力が着々と宮廷を蝕んでいた。先の女王亡きあと、お飾りの新女王を頂く神官団は絶大な権力を握り、それに反発した王国軍とかねてから対立していた。帝国はその両陣営に裏から手を回し、対立を煽ることでフェリア王国を二つに引き裂こうとしていたのだ。
「幼くして女王に祭り上げられたという砂漠の姫君……、会ってみたいものだな。私の働きでことが首尾良く運べば、戦利品として娶る権利ぐらいはあろう」
砂漠戦用に設計されているフェリア王国の魔鉱兵と違って、アークナイトの操縦室には排熱機構などない。開放したままの胸部装甲に足を掛け、白亜の王宮を見やったノイシュは、仮面の下の汗を拭った。ここでは白銀の機体とノイシュの甲冑はひときわ燦然ときらめき、目に痛いほどだ。すぐに衛兵が駆けつけ、書状の封蝋に捺された紋章でノイシュの身元を確認したのち王宮の中へ案内した。
風通しのよい回廊を通り抜けると、謁見の間では筋肉隆々の浅黒い大男が仁王立ちで待ち構えていた。
「フェリア王国軍総司令官カニスである」
「騎士ノイシュ、勅命により馳せ参じました。女王陛下にお目通り願いたく存じます」
「姫様はお会いにならぬ。皇帝からの返答はこの場で述べよ」
部下に書状をもぎ取らせたカニス将軍が自らの目で読み通すのを待って、ノイシュは口を開いた。
「魔鉱兵部隊をお貸し頂ければ、すぐにでも敵を捕らえて参ります」
「いや、私が出る。これは国内の問題である」
「皇帝陛下に背くおつもりか?」
「背くだと?つけあがるなよ、小僧。フェリアはあくまでも対等な立場で同盟を結んでいるにすぎん。帝国に連絡を取ったのは、万が一の同士討ちを危惧してのこと。敵と分かれば打ち倒すだけだ」
カニスは部下に自分と直属部隊の魔鉱兵の出撃準備を命じた。
「帝国の魂胆など分かっている。使者殿はおとなしく待っているがいい、敵の首ぐらいは土産にくれてやろう。誰か、この者を牢に繋いでおけ!こそこそと嗅ぎ回らぬようにな!」
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