オアシスの宿を兼ねた酒場でレオとスズとエリシュがくつろぐ卓に、キャラバンとの交渉を終えたレッドクロスが帰ってきた。さまざまな補給物資の買い付けもあり、四人はオアシスで一泊したのだが、やっと船へ帰れるというのに、今日の彼女の様子はどこか不自然だ。

「船長さん、どうかしました?」

「ん、なんでもねぇ。用は済んだから、すぐに町を出るよ」


 レッドクロスはキャラバンとの待ち合わせ場所まで歩きながら、レオ達を見ずに独り言のようにつぶやいた。

「さっき気づいたんだが、あちこちに兵隊が張ってやがる。それと、向こうを見てみな」

 レオが見上げると、砂色の町並みの向こう、オアシスの外れに、昨日までは居なかった獣頭人身の魔鉱兵が何体か佇立している。

「あたしとしたことが、なんでもっと早く気がつかなかったのか……」

「昨日は皆疲れていたし、お互い様だな」

「俺達、狙われてるんですか?」

「あんまりジロジロ見るんじゃないよ。思うに、あいつらが探してるのはうちの魔鉱兵で、こっちの顔までは割れちゃあいない。ただの人捜しなら、あんなものを持ち出す意味がないからね。そこで考えがある」

 作戦はこうだ。レッドクロスはキャラバンと先行し、荷物を満載したキャラバンが安全圏に逃れるまで、プロトナイトとプロトメイジが敵の注意を引きつける。魔鉱兵の隠し場所が見つかっていた場合に備えて、エリシュがレオとスズを護衛する。


 やれやれ、また囮か。エリシュは頭を抱えた。

「おい、その作戦でそちらになんのリスクがある。我々を捨て駒にするつもりか」

「んなわけあるかい。キャラバンとトンズラこくつもりなら、宿まであんたらを迎えに行ったりしないよ」

「あの、海賊船は座礁しているんですよね?私とレオが押し出さないと、沖へは出られないんじゃないかな」

「それもそうだな」


 なにくわぬ顔でぶらぶらと表通りをゆくレッドクロスと別れた三人は、町の中では焦らず進み、町外れに達してからは一直線に走った。砂丘の向こうに砂を被せて寝かせた二体の魔鉱兵は発見されてはいなかったが、オアシスの外周を巡回していた二騎の兵士が手綱で馬に鞭をくれ、一騎はオアシスの向こうの魔鉱兵部隊を呼びに行き、もう一騎は次第に速度を上げてこちらを追跡してきた。

「レオナルド、私が時を稼ぐ。魔鉱兵を起こせ」

「エリシュさん!」

 剣を抜いたエリシュが二人に背を向けるのを見届け、レオはプロトナイトに、スズはプロトメイジにそれぞれ飛び込んだ。


 埃っぽい操縦室の闇に音もなく幾条もの稲妻が駆け巡り、プロトナイトが起動した。レオには聞き取れなかったが、眼下では曲刀を抜き放って突撃してくる騎兵に、迎え撃つエリシュが何事か叫んでいる。


「我こそは、ウェルスランドの騎士エリシュ!いざ尋常に勝負!!」

「望むところぉー!!」

 馬上から打ち下ろされた曲刀をエリシュの剣が弾き、すれ違いざまに馬の尻尾を薙いだ。尻尾の毛を切断されて驚いた馬は嘶いて倒れ、落馬した兵士が砂に足を取られながらよろよろと立ち上がろうとする隙にエリシュがとどめを刺す……かと思いきや、一目散にプロトナイトの足元へ逃げてきた。レオはあわててプロトナイトの手のひらを差し出し、胸部装甲を開いてエリシュを迎えた。


「エリシュさん、そこ邪魔ですから。背もたれの後ろに回って下さい」

「はぁ、はぁ。助けてやったのに、なんて言いぐさだ」

 装甲を閉じ、砂と汗にまみれてくすんだエリシュの甲冑が視界の脇へ消えると、砂煙を上げてオアシスを迂回してくる五つの影が見えた。背後からプロトメイジに機体をノックされたレオは、例の小石のことを思い出して懐から取り出し、耳に嵌め込んだ。

《レオ、どうするの!?》

「どうするったって、やるしかないだろ……」

 先ほどエリシュに倒された兵士が曲刀を振り上げて助けを呼ぶと、手押し車のような二輪の構造物を腰部に連結している獣頭人身の五体の魔鉱兵は意外にも停止し、兵士が馬を引き起こしてオアシスへ走り去るのを待った。中央の機体の胸部装甲が展開し、操縦室から身を乗り出して装甲の縁に足を掛けた浅黒い男が喉元に手をやる。どうやら黄金の首飾りに通信魔法回路が仕込まれているらしい。


《所属不明機に警告する。お前達はフェリア王国領を侵犯している。武器を捨てて縛につけ》

「レオナルド、石を貸せ」

 相手が敗兵を見捨てない騎士であるのなら……!エリシュは耳に小石を嵌め、敵に呼びかけた。

「こちらはウェルスランド王国の騎士エリシュだ。投降はしない。が、フェリアの騎士殿。五対二とはいささか卑怯であろう。我々はそちらの兵士を殺さず帰した。騎士道精神に則り、一対一の決闘で勝負をつけようではないか」

「え?ええっ!?ちょっと、そんな勝手に!」

《……》

 しばしの沈黙のあと、浅黒い男は腹の底に響くようなバリトンで笑い出した。

《帝国の侵略に抗う最後の島国、ウェルスランドの気風とはこういうものか!よかろう。カノポス隊は待機》

《閣下、よろしいのですか》

《フェリアの魔鉱兵の力を帝国に示す好機である》

《了解しました》

「決闘は騎士見習いレオナルドがする。以後、通信を替わる」

 エリシュはレオに小石を返し、プロトナイトの胸部装甲を開けさせた。

「忘れるな、目的は時間稼ぎだ。キャラバンの様子はプロトメイジから伝える。頑張れよ」


 プロトメイジの手のひらに乗ってエリシュがスズのいる操縦室へ消えると、それを待っていた敵の魔鉱兵から通信が入った。

《フェリア王国軍、総司令官カニス》

「騎士リカルドの息子、レオナルド!」

《見習いの小僧、子供だからといって手加減してもらえるなどとは思うなよ》

 カニスが操る獣頭人身の魔鉱兵ソードマスターは、機体を牽引していた“チャリオット”と呼ばれる高速走行ユニットを切り離し、チャリオットのウェポンラックから巨大な刃物を取り外した。ソードマスターが柄を握ってひと振りすると、三日月型に湾曲した刃が前方へスライドして、剣というよりは槍か薙刀のような長柄武器に変形した。ジャイアント・ケペシュ。その全長は、展開状態ではソードマスターの頭頂高の倍ほどもある。

《ソードマスター、参る!》

「行くぞ、プロトナイト!」

 プロトナイトの両眼がレオの声に呼応するように光った。

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