船腹の一部に深刻なダメージを受けた海賊船は、周囲に新手の気配がないことを確認したのち、先ほど砲撃を加えた拠点のある小島のそばに身を隠すように錨を降ろした。奇襲作戦に間に合わせるため、船体の修理も急がなければならないが、敵の拠点からただちに離れて別の島を目指さなかったのは、プロトナイトが倒した謎の魔鉱兵の残骸をスズがどうしても引き揚げると言って譲らなかったからだった。石膏像のようにごつごつした白い機体は、オウムガイを思わせる巨大な構造物に接続されてはいるものの、本体はごく普通の人型の魔鉱兵である。背中の構造物にはフレキシブルに稼動する六枚のヒレがあり、本体左右の脇腹に達する殻口からは、幾条ものちぎれた鎖と、それ以上の数の射出されなかった銛の穂先とがわずかに見えている。その足元でパペット達を指揮するスズに、ふらりと現れたレッドクロスが声を掛けた。

「ようお嬢さん」

「船長さん。修理は済みそうですか?」

「おう。あんたはとっくに見てるだろうけど、この船は外観だけ商船に化けられるように金属製の外装をさらに木材で覆った装甲艦だ。本格的な修理には時間がかかるから、今度あんな化け物に襲われたらひとたまりもないが、ハリボテの外板の張り替えだけならすぐだし、嵐にでもならなけりゃ航行に支障はないよ」

 レッドクロスは魔鉱兵を見上げた。

「しかし、大物を釣り上げちまったねぇ」

「無理を言ってしまってごめんなさい」

「いいさ。こっちの都合もあるからね。ただ、こいつを国王陛下のとこへ持っていけば、そりゃあ、あたしらが遅刻したぶんの仕事をした証拠にはなりそうだけど、船のペイロードにも限りはあるよ?」

「最低限必要なパーツだけをリストアップさせていますから、その点はご心配なく」

 スズがレッドクロスに手渡した羊皮紙には、船に積み込みたい各パーツの寸法と重量の概算がメモしてある。一瞬、荒くれ者の女船長は文盲ではないかという失礼な考えがスズの脳裏をよぎったが、海図も読めば交易品も運ぶ大海賊の首魁である。レッドクロスは手早くメモに目を通してから何度か頷いてスズに返却した。

「うん。うん。いいよ、まあこんなもんだろう。ところで、調査も分解もあの魔法の木偶人形がやってくれるのかい?そいつはすごいな」

「パペットはそんなに大したものじゃないですよ。私が指示しているのはせいぜい“ゴー”と“ストップ”ぐらいですし、そうね……誰だって練習を積めば、両手の十本の指を協調させて楽器を演奏できるようになるでしょう?」

「へぇ。それじゃあもしも、パペットを何百何千とこしらえて大艦隊を操船させる同業者が現れたら、うちで飼ってるようなアホどもの行き場はなくなっちまうし、あたしら商売あがったりだな」

 平均的な素質の魔術師が一人で使役できるパペットの数の限界や、複数の魔術師が無数のパペットに異なる命令を与える場合の魔力の混信などの問題が解決するなら、そういう可能性も将来的にはないではない。スズの想像力の翼は仕事中にもかかわらず羽ばたき始めそうになったが、頭上からレッドクロスを呼ぶ船員の声で現実に引き戻された。


 歪んだ胴体から取り外しやすいように中央で切断された胸部装甲が、四方を船員とパペットに支えられて慎重に引き上げられる。解体中の魔鉱兵の前には向かい合うように足場代わりのプロトナイトが立っており、その腕に巻き付く鎖が装甲板を引き上げているのだ。胴体の奥の闇が陽光のもとに晒されたとき、プロトナイトを操るレオは胃袋からこみあげるものを感じてうつむいた。半壊した操縦席に肉片とも臓物ともつかないどす黒い塊がこびりつき、操縦者の下半身だけがハーネスの残骸で固定されていた。


「誰か、坊やに付き添ってやりな!それからそこのくっせぇ糞袋を海に捨ててこい!」

 口元を押さえてえづくレオを船員に引き渡したレッドクロスは、プロトナイトの足首に寄りかかって黙ったまま腕組みするエリシュを見た。

「よかったのかい?」

「いざというときになって悩まれても困るからな」

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