第二話 女海賊レッドクロス
Ⅱ
帝国軍が港に残していった物資と軍艦のおかげで、壊滅しかけていた王国艦隊はむしろ増強される結果になったが、逃げ際の破壊工作によって無傷の船は一隻として無く、取り急ぎ損傷の少ない船に資材と人員を集中して艦隊の数を揃え、海を渡って敵の港へ速攻を仕掛ける作戦が立てられた。一方、竜人ルミラ率いる実験砲兵部隊麾下魔鉱兵部隊には特命が下された。修理が完了してから出航する主力艦隊に先んじて海を迂回し、敵が主力艦隊の攻撃に気を取られている隙に上陸して脇腹を突くのだ。
「
「手厳しいですね、エリシュさん」
ルミラとエリシュが見上げる前で搬入口を壊さないように慎重に貨物室に乗り込むプロトナイトと、その後ろに立つ新たな魔鉱兵プロトメイジを搭載する大型艦は、正規軍の船ではない。艦隊の戦力に余裕がないからという建前で、ルミラの部隊には王国から私掠船の免状を与えられている海賊の船があてがわれたのだった。こんな調子では、この先どんな貧乏くじを引かされるやら……。
「戦場に子供を放り込むような奴は気にくわん」
「僕の部隊がこうまで単独行動をさせられるのは、古参の重臣達が僕の失敗を望んでいるからです。僕だって馬鹿にされっぱなしというわけにはいかない。その代わり、レオナルドくんやスズさん、そしてあなたも、決して捨て駒のようには扱わないつもりです」
口約束だけなら何とでも言えるさ、とエリシュは思った。
「ルミラ殿、私はレオナルドの父君に握手までされて、息子を頼むと言われて来た。あの子にもしものことがあれば、我が領主に合わせる顔はもとより、あの子のご両親に詫びる言葉もない。軍師殿には軍師殿の事情もあろうが、私にも私の責務がある。お互い、任された仕事は全うしたいものだな」
エリシュは二体の魔鉱兵の積み込みが終わるのを待って、白い鱗で覆われた手を振って見送る竜人と別れた。
限られた空間に砲艦と貨物船としての機能を効率よく詰め込む必要から、海賊船の通路には三人が並んで歩けるだけの広さはない。迷宮のように入り組んだ通路のどこかにある船長室を探すエリシュの後ろで、スズは自分のプロトメイジについてレオに説明する……というよりは、一方的にまくし立ててきた。帝国軍が港に残していった軍艦の貨物室で発見したメイジタイプのパーツのうち、無事なものだけを組み合わせて自分用にチューンした魔鉱兵の仕上がりがよほど気に入っているのだろう、話し相手は誰でもいいようだ。
「プロトナイトの試験操縦をずっとやっていたと言ったって、実戦なんだぜ?」
「平気よ。レオがしっかり守ってくれればね。あなた、攻撃魔法って見たことないでしょ?メイジはナイトよりも乗り手を選ぶけど、そのぶん攻撃力も高いのよ。一人で剣を振り回すだけよりは幅広い戦い方ができると思うわ」
スズはプロトナイトよりもプロトメイジのほうが実戦向きだと言いたいのだろうが、剣にも剣の座学だけでは済まない技術がある。レオが反論しようとしたとき、T字路に差し掛かった三人の前を横切った一人の船員が、エリシュの頭からつま先までをちらと眺めて口笛を吹いた。
「貴様っ」
……が、エリシュが剣の柄に手を掛ける寸前、船員の身体はその場の壁に釘付けにされていた。疾風のように現れた真紅のロングコートの右腕が船員の喉に食い込み、耳元の壁には逆手で握った短剣が突き立っている。両肩と顎が固定されているので、船員は額も触れんばかりに睨みつける大柄な女の瞳から目をそらすことができない。
「うちには仕事中にお客様を冷やかすような野郎を置いとく余裕はないんだ。もう一度、同じことをやってみな。サメの餌になってもらうよ」
「はっ、はいキャプテンっ」
「分かったら持ち場に戻りな」
赤い大女は逃げるように甲板へ向かう船員の尻を蹴飛ばすと、壁から引き抜いた短剣をコートの下に納めて三人に向き直り、大きな羽根飾りのある三角帽を取って一礼した。燃えるような眼光の残り火を宿す瞳と瞳の上には×字の古い裂傷が走り、その一部がまぶたに達している。
あっけにとられていたレオはエリシュの手のひらでぐいと頭を押し下げられ、その隣でスズも頭を下げた。
「ったく、航海中に溜まったもんは
「騎士エリシュだ。ありがとうキャプテン。おかげで剣を抜かずに済んだ」
女船長レッドクロスはレオ達ひとりひとりに割り当てた客室と、食堂、便所といった生活に必要な設備、そして船員の仕事を邪魔せずにそれらの設備を使うための通行ルートと時間帯などの案内を終えると、三人とともに狭い階段から甲板へ上がって演台代わりの適当な木箱を引っ張り出し、備え付けの伝声管を使って船員達を呼び集めた。甲板の左右に点在する昇降口からはがっしりした体格の半裸の男達がとめどなく溢れ出して甲板上を埋め尽くし、各作業班の班長が中心となって部下をすみやかに整列させた。船長が木箱の上に立つのは仕事の前と終わりがふつうだが、毎日のことなので手慣れたものだ。
「野郎どもよく聞きな!こちらのお客様と積み荷は、国王陛下からの特別な預かり物だ!船、食料、弾薬、それに金!我が海賊団がここいらの海を仕切っていられるのは、ぜんぶ国王陛下のおかげだ!もしもぞんざいに扱ってかすり傷でもつけたら、おまんま食い上げだよ!分かったね!!」
「はいキャプテン!!」
「よぉーし、出航だ!錨を上げな!」
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