荷馬車いっぱいに部品を積んだ補給部隊の魔術師団とパペット達がかすり傷まみれのプロトナイトに取り付く脇で、首に湿布を当てたレオが木箱を椅子代わりにしてへたりこんでいる。分不相応な力を持ってしまった者は挫折を味わうのも早い。さっきの一騎討ちが相当こたえたのだろう。それ見たことか、そんなことではあの男には勝てん。落ち込んでいる暇があったら稽古に励むことだ。レオにかける言葉を頭の中で組み立てていたエリシュだったが、スズに先手を打たれてしまった。プロトナイトの整備を監督しなくていいのだろうか?


「浮かない顔ね。敵は退却したわ。あなたのおかげなんだから、シャキっとしなさいよ」

「……プロトナイトって、格好悪くない?」

「はい?」

「敵のナイト、真っ白にきらめいてた。こっちのは何ていうか、手も足もただ付いてるだけで、格好良く見せようとする工夫が感じられない気がするんだよな」

 スズはエリシュと顔を見合わせた。背後でノミを振るう魔術師団から哄笑が起こり、老魔術師がプロトナイトの顔を見上げてレオに言った。

「分かるぞ、ハッタリが足りないというんじゃろ?」


 魔法回路に魔力が通っている状態の魔法鉱石には金属と同等かそれ以上の強度があるので、余計な外装や装飾は死重量を増やし整備性の劣悪化を招くだけだが、それでもアークナイトが白銀の装甲を持つのは、帝国の力を誇示し最前線で戦う兵士達の士気を上げる目的があるからだ。我こそは正義の騎士と見た目で主張しておくのも、戦を有利に進めるためには大事なことなのだ。同様に、これからはプロトナイトも王国の旗頭となる。

「この傷つきようを見れば、わしらの魔鉱兵の弱点や改善点も見えてくる。レオナルド君の働きで帝国軍機の貴重なサンプルも手に入ったことじゃし、善処するとしよう」


 王都へ戻ったレオは、騎士エリシュの手のひらでぐいと頭を押し下げられてひざまづき、居並ぶ家臣団の視線を浴びながら国王に謁見した。

「突然呼び立ててしまってすまぬな。両名ともよく戦ってくれた。まずは褒美を取らせよう」

「滅相もございませんっ」

 レオが何か言う前にエリシュが言葉を被せた。まともに躾もできていない田舎者の小僧の不用意な一言で、わずかでも失礼があってはならない。

「命を賭して王に奉じるのが騎士の義務っ、このように拝謁させて頂きましただけでも光栄の極みでございますっ」


「王様、ひとつ質問してもよろしいでしょうか」

「控えよ!」

「よい」

 家臣団の中からレオを叱りつける鋭い怒声が上がったが、国王がそれを制した。

「帝国軍にはたくさんの魔鉱兵がいました。プロトナイトの操縦者はどうして他の大人でなく、俺……僕なんですか?」

 王に代わって、王の隣で相変わらずにこにこしている竜人ルミラがレオに答えた。人間でもないのに、どの家臣よりも王様の近くに立っている、この人はいったい何者なんだろう。

「魔鉱兵の操縦に君の魔力が必要だという話は聞いていますね?魔力は、生まれつき誰でも持っていますが、魔鉱兵を起動できるほどの適格者となるとそう多くはありません。大陸じゅうから人材を集められる帝国に比べ、このウェルスランド島は特に魔術師の素質を持つ者が生まれにくい土地です。それでも手始めに系図を追いやすい王族や貴族から調べていったところ、宮廷魔術師の家系のスズさんの他に、レオナルドくんの母方の五代前にも高名な魔術師がいたことが分かったんです。……正直なところ、ご先祖の素質をどの程度君が受け継いでいるかは未知数でした」

 ということは、この先ウェルスランド製の魔鉱兵が大量生産されても乗り手がいないということだろうか?レオは最初に質問をひとつと言ってしまったので、この疑問は胸に仕舞っておくことにした。


「得心してくれたかな?そういうわけで、我が軍にはそなたが必要なのだよ。さて、褒美であるが……。時に少年、その腰のものはいったい誰の許可を得て帯びておる?」

「えっ?」

「畏れながら、レオナルドは騎士の子息っ!道中の危険も予想され、親心から父リカルド殿が持たせたものっ、決して他意はございませんっ」

「さもあろうが、騎士でない者が主君の許可なく公に帯剣してはいかん。そこで事後承認ではあるが、戦時特例として王の名のもとに帯剣を許そう。騎士号については軽々しく叙任してよいものではないゆえ、しばし待て」

「はい」

 そんなこと、父さんも領主様も教えてくれなかった……。レオが狐につままれたような顔で生返事をすると、王は玉座から屈み込むように片耳をレオに向け、その耳介に手を添えた。

「はい!ありがとうございます!」

 王は微笑んだ。

「また、騎士エリシュには騎士見習いレオナルドの護衛任務中に限り、王国騎士と同等の権限を与える。ルミラの指揮下で行動するにあたり、いろいろ不便もあろうから、一時的にそなたらの身分を引き上げてやったということだ。これらの免状をもってひとまずの褒美とする。よいな」

「ありがたき幸せっ」

 満足げに何度か頷いた王は話題を切り上げ、家臣団に視線を移した。

「皆に集まってもらったのは他でもない、今後の方針を決めるためだ。敵は去った。防衛戦としてはそれでよいが、いずれまた帝国は二倍三倍の戦力をもって攻めてこよう。今後いかにして国土を守るべきか?」


 王は本当に今後どうしていいか分からないわけではない。帝国に対して戦を仕掛けたいが、家臣の同意が欲しいだけなのだ。新兵器の開発にゴーサインを出したときのように、どうせ流れ者の竜人に唆されて腹の内はとっくに決まっているのだろう。そういう王の性分を誰もが知っていたので、反対する者はいなかった。

「陛下、今こそ打って出るべきです」一人の将軍が声を上げた。「幸い我が軍には敵を凌駕する長距離砲と、“魔鉱兵”なる新兵器という切り札がある。このたびの戦、軍師ルミラ殿の実験部隊ならば必ずや勝利に導いてくれましょう。……できますな?“砲術師”殿」

「ご命令とあらば」


 レオは、宮廷でのルミラの立場がなんとなく分かったような気がした。しょせんは余所者、歓迎されてはいないらしい。


「帝国を倒せば、大陸の広大な土地を運営することになる。余にそれだけの資質があるかな?」

 家臣達は一斉にひざまづいた。

「よし、皆の助けが必要だ。各軍団、各部隊の配置は追って討議のうえ決めることとする。一同、戦の準備に取りかかれ」

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