国土に敵軍の侵入を許している以上、こちらの動きは斥候に察知されていると考えて間違いない。しかし、そうだとしても、斥候からの報告を受けた敵が迎撃態勢を整える前に先制すればよいのだ。幸い、地の利はこちらにある。騎士エリシュを加えた少数精鋭の騎兵部隊は、プロトナイトの巨体を隠せそうな谷間の道や丘陵の陰を選んで慎重かつ迅速に進み、海に臨む崖の上ぎりぎりの距離から敵陣を観察した。土塁や空堀、鋭く削った丸太を組み合わせたバリケードなどで構成された即席の防衛線はところどころ未完成だが、手薄な箇所は必ず二、三体の魔鉱兵が守っている。

「弱点が丸出しと見せかけて、巨人に手間取っていると砲台の援護射撃に潰されるわけか。憎たらしい配置だな……」

 隣のエリシュに望遠鏡を手渡して、騎兵隊長は舌打ちをした。耳の小石に手をやる。

「操縦者のボウズ、聞こえているか?我々もプロだ。一箇所、穴を開けてくれればいい。こちらの動きは気にせず砲台と巨人どもの注意を引きつけろ」

《はい》

「ボウズのタイミングで、いつでも行っていいぞ」


 伏せていたプロトナイトが起き上がり、崖から躍り出た。剥き出しの岩の終端を蹴って、生身で落ちれば人の形も残らないような高低差を滑り降り、剣の柄に手を掛けて港町まで一直線に走る。魔鉱兵を操縦して跳ぶのも走るのも今日が初めてだが、今のレオは巨大な甲冑を自在に動かせることがただ爽快だった。


「……遅い、遅すぎる!」

 仮面の騎士ノイシュは遅々として進まぬ設営作業に苛立った。ノイシュは魔鉱兵部隊の指揮官であって工兵隊長ではないが、補給態勢が整わないことには出撃もできない。現在警備をさせているナイトとアーチャーは港に上陸したままの満身創痍の部隊だけで、輸送船のスペースを節約すべく四肢を分解して貨物室に詰め込んできた機体や予備パーツの荷下ろしさえ済んでいないのだ。

「白騎士殿、兵達はみな長旅で疲れています。無理をさせれば今後の進軍にも影響が出るかと」工兵隊長が言った。

「皇帝陛下がウェルスランド攻めを最後に回したのは、海を渡らなければ攻め込めぬ島国だからという理由だけではないぞ。“砲術師”ルミラ・ノーゥン……貴様も軍人なら聞いたことがあろう」

「まさか、竜人などおとぎ話の中の存在です」

「新型の大砲を発明したという話は、根も葉もない噂とは思えん。少なくともそれを警戒して、陛下は敵の砲撃に耐えうる魔鉱兵部隊を送り込んだのだ」


 敵軍に動きありとの報告を受けて、港はにわかに騒がしくなった。不完全な防衛線の一角を守る三体のナイト部隊も剣を抜き、敵の大砲の発射煙に目を光らせる。王国軍が攻めてくるとすれば、その前に敵の陣形を崩すための準備砲撃があるのが定石だからだ。胸部装甲を開放したナイトの操縦席で、若い騎士が絵入りのペンダントをしばし見つめて何事かつぶやき、胸に収めた。

《どうした、さっさと装甲を閉じて周囲を警戒しろ》

「故郷で、もうすぐ子供が産まれるんです。帰れるといいなって」

《……帰れるさ。この戦いが終わればな》

《小隊長!正面に敵!!》


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 耳の小石が受信する魔力は敵味方を問わないのだが、できれば聞きたくない会話だった。レオの雄叫びとともに突進するプロトナイトは剣を抜き放ち、散開したナイトの中央の一体に迷わず狙いを定めた。考え無しに突っ込めば逆にこちらが包囲されることになるが、三体に囲まれるよりは初手で一体を吹き飛ばし、残る二体と戦うほうがましだ。レオは奥歯を食いしばり、真正面のナイトが構えたカイトシールドにプロトナイトの左肩を喰らわせた。


「魔鉱兵だと!?」

 レオから見て右に退いた隊長機は、ウェルスランド王国の紋章を持つ謎の魔鉱兵の背後を突くべきか、それとも自機が囮となって僚機にとどめを刺させるべきかを見定めようとした。敵の騎士が素人なら前者で充分だが、もし玄人なら二対一の挟撃で挑まねば危うい。しかしそれを決めあぐねた一瞬の隙に、左に退いていた若い騎士が無謀にも仕掛けた。

「よせ!技量の分からぬ相手だぞ!」

《行けます……倒します!》


 レオには秘策があった。領主の使者を畑で見送った日の晩のこと、レオは父リカルドに叩き起こされ、かがり火の炎が爆ぜる屋敷の中庭に連れ出された。稽古に使う木剣を手にリカルドは言った。

「レオ、打ってこい」

 屈強な父と違って畑仕事で全身の筋肉が悲鳴を上げているし、朝の稽古には早すぎる。わけが分からないまま苛立ちに任せて木剣を振るううち、父の動きが普段とどこか違うことにレオはなんとなく気がついた。右、左、右、右。リカルドはレオの剣筋を読んでいる。型どおりに打ち合っているからレオの剣を受けることができるのではない。少しムキになって父の裏を掻こうとしてみてもやはり読まれる。まるで未来が見えるかのように。

「いいかレオ、人は何かを実行しようとするとき、無意識に自らの思考を予告している。例えばさっきのお前のように、これから狙う方向を見たり、これから体重を乗せる方向に足を踏み出したりといった具合にな。もし敵と剣を交えることがあれば、相手の仕草をよく観察しろ。これが、我が一族に伝わる奥義……の、ようなものだ」

 リカルドは頬を掻いた。

「騎士として、お前には教えきれていないこともまだまだあるが、今、私が教えてやれるのはこれぐらいだ。必ず生きて帰ってこいよ」


《あと少しなんだ!俺は、生きて故郷に帰るんだああああっ!!》

 ナイトの剣筋は大雑把、ここかなと思ったところに剣を構えておけば、相手の剣が予想通りそこへ吸い込まれる。二、三合打ち合ったところで肩越しに突きを躱したプロトナイトの剣が、ナイトの首の関節に食い込んで頭部を斬り飛ばした。間髪入れず振り返ったレオは背後から直進してくる隊長機に今しがた倒したナイトからもぎ取ったカイトシールドを投げつけ、敵の視界を塞いだ隙に間合いを詰めて左下からの渾身の逆袈裟で胸部装甲を切断した。無残に転がる三体のナイトの騎士は必ずしも死んでしまったとは限らないが、どの機体もただちに起き上がる気配がないところを見ると意識のある者はいまい。プロトナイトは着弾し始めた敵の大砲の至近弾から逃れるように次の獲物を探した。


「驚いたな……。エリシュ殿の郷里では子供でもあれほど強いのか?」

「甲冑を着込めば誰でも強気になるものです」

 崖を迂回して機会を窺っていた騎士エリシュと王国軍の騎兵部隊は、プロトナイトが開いた突入口から防衛線の内側へとなだれ込んだ。

「手投げ弾用意!」

 馬上の騎士達が腰に鈴なりに吊った握り拳大の手投げ弾をひとつ取り外し、先端の紐を口に咥えて引くと、紐の抜けた穴から火花が噴き出した。手投げ弾は時限式で炸裂してしまうので、三つ数える間に手近な標的を見つけなければならない。優先順位は第一が砲台、第二が弓兵だ。生身の兵士には対処不可能な脅威となる大砲も、操作する砲兵さえ片付ければただの筒である。大砲を囲む土嚢の内側に手投げ弾を放り込むと、小さな破裂音とともにぱっと土埃が舞い、無数の金属片が砲兵の身体を引き裂いた。こうして本隊の到着までに大砲を傷付けることなく無力化しておくのが先遣隊の役目なのだ。手投げ弾を使い切ったら、次は抜剣しての白兵戦で時を稼ぐ。


 王国軍が好き放題に陣地を荒らし回る様子を見るや、仮面の騎士ノイシュは銀の機体に取り付いている整備兵達を退避させた。

「白騎士殿が出るぞ!発進準備!」

「構わん!アークナイト!」

 馬に跳び乗ったノイシュの声に呼応して、点検中だったアークナイトの胸部装甲が自動で閉じる。全速力で走り出したアークナイトの歩幅には馬でも追いすがるのがやっとだ。ノイシュは通信用魔法回路も刻まれている白銀の仮面に手をやり、馬上から駆け抜けざまに警備中の部隊を牽制した。

「各機、持ち場を離れるな!敵の魔鉱兵は囮にすぎん!」


 前衛のナイトを失ったアーチャーが放つボルトを装甲の強度だけで跳ね返しながら接近し、剣を持ったままの拳で殴り倒したプロトナイトが、アークナイトの突進が生む地響きに気づいて振り返った。アークナイトの銀の装甲は太陽光に照らされて白く輝いている。

「白い……ナイト!?」

「雑魚では相手にもならんか。なめられたものだ……その腕前、見せてもらおう!」

 直進しつつカイトシールドの裏で突きの構えを取るアークナイト。その突撃を左へ避けることで、敵の腕が大きく動かしやすい右方向への薙ぎ払いを警戒したつもりのプロトナイトだったが、走り抜けると見せかけてその場で急制動をかけたアークナイトは腰をひねってプロトナイトの横面めがけ後ろ回し蹴りを繰り出した。咄嗟に後退したプロトナイトにアークナイトの剣の追撃が襲いかかり、受け止めようとしたプロトナイトを、剣をフェイントにしたシールドバッシュが張り倒した。一手や二手の先読みで勝てる相手ではない。

「ぬるいな!ウェルスランドの魔鉱騎士!」

《俺はレオナルドだ!》

「その声、ウェルスランドの騎士は少年か!半端な実力で大人の世界に足を踏み入れたことを呪うのだな!」

 白銀の魔鉱兵を操っているのは明らかにその背後で生身を晒す仮面の騎士なのに、魔鉱兵の猛攻に阻まれて直接攻撃を仕掛けることもできない。転倒したプロトナイトの胴体にアークナイトが剣を突き立てようとしたとき、プロトナイトの左手がアークナイトの剣を掴んだ。


 あと少し剣に体重が乗れば魔法鉱石の装甲といえども貫通する。が、プロトナイトの前に現れた一騎の人物を見て、ノイシュの意識はアークナイトの遠隔操縦から逸れた。騎士エリシュが馬上で両腕を広げ、勝負はついたと主張するように立ちはだかっている。

《エリシュ……さん……?》

「ほう……」

「エリシュ殿!敵は!」

「手出し無用!」


 女騎士殿は、敵の騎士と知り合いかい……。駆けつけた騎兵隊長は馬の手綱を引いた。腰のベルトを探ったが、手投げ弾は残っていなかった。


「兄上!」

「何年ぶりかな、妹よ。帝国へ帰ってこい。今の私ならば、お前に皇太子妃の身分ぐらいは用意してやれる」

「そういう兄上だから、私は故郷くにを捨てたのです!」

「エリシュ、この地でお前がどんな扱いを受けてきたか、手に取るように分かるぞ。どれほど努力しても、しょせんは外国人の流れ者と馬鹿にされているのだろう?我が軍はいずれウェルスランドを征服する。そのあかつきには、必ずお前を取り戻してみせよう」

 対峙する二騎の背後で、王国軍実験砲兵部隊の長距離砲撃が始まった。まもなく敵の本隊が攻め寄せてくる。皇帝陛下から預かった戦力に比べれば、眼前の死に損ないなどにいかほどの価値があろうか。騎士ノイシュはアークナイトとともに馬を返しながら、敵の砲撃が頭上を通り越し、防衛線や陸上の港湾施設には着弾していないことに気づいた。あんなに遠くから、船着場だけを狙っている……?もし停泊している軍艦を沈められれば、帝国軍の上陸部隊は逃げ道を失うことになる。ノイシュは仮面に手をやった。

「“砲術師”め……。アーチャー!信号弾上げ!」

 昼間なのでアーチャーの信号弾は発光信号ではなく、色つきの発煙弾の組み合わせによって沖合で待機中の艦隊へ合図を送る。われ撤退す、敵の別動隊を警戒せよ。ノイシュは撤退する部隊がうかつに海上へ出て王国軍の別動艦隊に海からも包囲されることを警戒したのだが、実際のところ王国軍はそのように即応できる海上戦力までは準備していなかった。

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