騎士の詰所で歩哨のために用意されている野営セットを受け取ったあと、レオは馬舎で馬を借りようとしたが、乗馬技術が未熟なせいか、レオを乗せても暴れない軍馬がどうしても見つからず、結局エリシュの馬に乗ることになった。レオはエリシュの前に騎乗し、エリシュの胸に頭を預ける格好になったが、ごつごつした金属の胸甲があっては心地のよいものではない。王都へ続く街道は、ゆけどもゆけども農地が広がり荷馬車の轍もないような田舎道である。二人乗りでは早駆けもままならず、夕闇が迫るとエリシュは道端の木に馬を繋いで火起こしに取りかかり、レオは薪を集めさせられた。レオが両腕いっぱいに小枝を抱えて戻る頃には、掃き集められた枯れ葉の間からすでに種火の煙が立ち昇っていた。
「ん、ご苦労。ちゃんと生木ではなく地面に落ちた枝だけを拾ってきたな?よし。もう少し火の勢いが増したら食事にしよう」
「あの、騎士さん」
「エリシュでいい」
「エリシュさんには従者はいないんですか?」
「馬鹿にしているのか」
「そういうわけじゃなくて、その……俺も父さんに連れられて野宿したとき、火起こしを教えられたことがあるんですけど、エリシュさんはとても手際がいいなと思ったんです」
エリシュは寝袋の上に座り込むレオから小枝を一本受け取って枯れ葉の隙間に差し込み、焚き火の様子を見ながらそっと掻き回した。おまえには関係ないと一蹴することもできるが、まあ、旅の連れ合いが得体の知れぬ女では居心地が悪かろう。
「私はこの地の者ではないんだ。事情があってよそから独り流れてきて、イライザ様のお側仕えの末席に加えて頂くまで、しばらく王国じゅうをふらふらしていてな、それで旅慣れている。従者などは考えたこともないな。確かに、周りの者は奇異に思っていることだろう」
「……」
「不安か?根無し草でもイライザ様への忠誠心は本物だ。私がおまえを守ってやる。そうすることがイライザ様への忠義の証になるなら、なおのことな」
日が沈んでしまえば、月のない夜である。星々が天空を満たし、焚き火の炎だけが二人の顔を闇の中に照らし出している。レオとエリシュは焚き火に群がる蛾を払いのけながら保存食の硬いパンを炙り、葡萄酒に浸して少しずつちぎっては頬張った。
「私のことより、レオナルド。おまえはどうなんだ?馬にもろくに乗れぬまま呼び出されて、祖国のために戦う覚悟があるのか?」
レオは焦げ臭いだけのトーストの残りを葡萄酒でむりやり流し込んでから星々を仰いだ。夜空には名前を何とかいう古代の英雄の姿を象った大きな星座が瞬いている。たしか、死んだ英雄を哀れんだ古代の神様が亡骸を天に上げて、それが星座になったんだっけ。
「俺、正直みんなのテンションについていけないです。でも、ここで引き返したら死ぬまで畑仕事だから」
「ふむ」
「怖いけど、現状を変えられる何かが王都にあるんなら、生きる意味が見出せるなら、俺はそれをやってみたいです」
「本当にそう思うか?」
「え?」
「今度のことは、大人の都合でおまえのような子供に背負わせるには荷が重すぎると個人的には考えている。おまえぐらいの年頃なら、怖いとか、逃げたいとか思うのが当たり前だ。ひと晩考え直して、もしも家へ帰りたくなったらそう言え。私がイライザ様に話をつけてやる」
「それって、エリシュさんの命と引き替えにってことでしょ?」
エリシュはぎょっとした。
「俺は、そんなのいやだな」
「フッ……そうだな。ことが進展してしまえば、私にもおまえの背中を押すことしかできない。いずれにせよ今のうちによく考えておくことだ」
戦う覚悟など自分にだってあるのかどうか分かりはしない。少し意地悪な質問をしてしまったかなとも思ったが、エリシュは満足していた。どのような答えであれ、それがこの子の本音だと思えたからだ。そうであればこそ守るに値する。夜は更け、エリシュは居眠りすることがないように焚き火の前に立ち、剣の柄に手を掛けて周囲を警戒した。
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