大地に鍬を突き立て、手前に引いて掘り起こす。土中の栄養を攪拌することで畑が元気を取り戻し、ほぐれた土に作物が根を張りやすくなる。そういう理屈はレオにも理解できたが、騎士が自分の屋敷の畑仕事などをして、農夫の真似事をしなければならない理由については納得しかねた。「領民が飢饉で苦しんでいるとき、この畑が役に立つのだ」と父リカルドはいつも言うが、どうも趣味に付き合わされているだけのような気がする。だいいち農園では充分な人手を雇っているし、牛馬に牽かせる耕耘機もあるというのに、どうしてわざわざ人力で鍬を振るわなくてはならないのか。容赦ない日差しの下、楽しそうに畑を耕す父を睨みつけながらレオが額の汗を拭うと、農道から一騎の伝令がやってくるのが見えた。紋章でわかる。領主様の使者だ。
「ご精が出ますな。騎士リカルド殿」
「や、どのようなご用件ですかな」
下馬した使者は汗ばんだ古着に髪を振り乱した浮浪者同然のリカルドを呆れたように一瞥すると、馬の鞍に取り付けた革袋から巻物を取り出しながらレオを指差した。
「今日はご子息に用事があるのだ」
使者が伝言を読み上げる間、レオは鍬を置き、リカルドの土まみれの大きな手で頭をぐいと押し下げられて畑にひざまづいた。背後では農夫達も各々の作業を中断して同じようにひざまづいている。領主様の言葉は領主様そのものだからだ。要約すると伝言はこうだ。王都からレオを名指しで呼び出しがかかったので、至急領主の城まで出頭せよ。
「……顔を上げよ。リカルド殿は先代より我が家に仕える身、その子息を預かるのだから、こちらが頭を下げたいぐらいです」
女領主イライザの一族は、地元の田舎貴族のうちで他より多少勢力が大きかったために周辺地域一帯を治めているだけとはいえ、その居城はレオの住む古い砦を改装したボロ屋敷などとは調度品の豪華さも清掃の行き届き具合も比べものにはならなかった。リカルドとレオが通された謁見の間には、家臣団や騎士団の主立った面々がすでに集合していた。リカルドはここではさすがに浮浪者のような姿ではなく、引退してからというもの倉の肥やしになっていた甲冑を引っ張り出し、レオにも用意できるうちで一番上等な服を着せ、腰には形ばかりの長剣を履かせてくれた。
「領主様、愚息レオナルドは年頃ではありますが、お城へ上がるには少しばかり早すぎます。今、取り立てて頂いても、戦でお力になれるとは思えません。国王陛下はなにゆえ、レオナルドをご指名なのでしょう?」
「詳しくは王都で、と言いたいところですが、ふむ……。帝国がどうしてウェルスランドを攻める気になったか分かりますか?」
「それは、大陸の諸国を従えて……」
「新兵器です」
レオとリカルドは顔を見合わせた。
「新兵器……?」
「大陸を席巻し、先ごろ我が王国の軍港を壊滅させたのも、その新兵器だったそうです。聞けば、王都で同じものの製造に成功し、敵と同じ力をもって反撃を画策しているのだとか。おそらくは限られた者にしか扱えぬ代物ということなのでしょうね」
イライザは間を置かず話題を変えた。
「騎士エリシュを身辺の護衛に付けます。支度もあろう、明日出発なさい」
イライザが片手を上げて名を呼ぶと、玉座の背後に控える美女揃いの親衛隊から銀髪の女騎士が進み出た。平静を装う女騎士が一瞬、面食らった顔をして目だけで領主を見たのをレオは見逃さなかった。
「不服そうですね、エリシュ」
「そのようなことは……」
「王国の存亡を懸けた戦でありながら、我が騎士団には待機命令が下されています。子供の護衛とはいえ、この地の代表である以上は最強の者でなければならない。そなたにはそれだけの実力がある。私の代理と思って、誇りを持って任務に当たりなさい」
その言葉を聞いていた短髪の女騎士が言葉を継ぐ。
「エリシュ、あんたは間違いなくウチのエースだ。あたしらの分も暴れてきな」
「イライザ様、隊長……」
隊長というのは親衛隊長なのだろう。感極まったエリシュが銀色にきらめく金属の篭手の拳を突き出すと、隊長と他の女騎士達が円陣を組み、その拳に各々の銀の拳を突き合わせて親衛隊の誓いの言葉を唱和した。レオはうんざりしたが、感心した様子の父や得意げな女領主の手前、一歩も姿勢を崩すわけにはいかなかった。
父と並んで帰る城の廊下で、金属の篭手が不意にレオの背中をぽんと叩いた。女騎士エリシュだ。腰まで届く銀の長髪からすらりとした印象を受けるせいもあって、間近で見上げたその背丈はリカルドとそう変わりないように感じられる。
「おい、おまえ。すぐに出られるか」
「出発は明日のはずじゃ……」
「明日と言われて明日まで待つ馬鹿があるか。予定より早く馳せ参じて度肝を抜くのだ。王都の連中に、田舎者となめられたくないだろう?こういうときは最初が肝心なんだよ」
レオは父のほうを見たが、リカルドはレオの予想より一歩引いた立ち位置でひげを撫でて頷いている。その手をエリシュに差し出すと、二人は固く握手した。
「息子を、頼みましたぞ」
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