2ー8★パニック


洞窟は進んでみると結構広かった…


周囲に隠れるスペースが無いか確認する。

スペースを見つけたら、そことは反対側に細かく砕いた魔光灯を俺は投げた。

魔光灯を投げた後は、アンバーが周囲に怪しい影はないか確認している間に俺がスペースまで移動。

俺が移動をした後、辺りに不審な痕跡を無いかチェックをし、無ければ二人にサインを送り二人がスペースまで移動する。

洞窟に入ってから俺達は、この手順を何度も繰り返していた。


もちろん、目によるチェックだけでは不十分の可能性もある。

音にも警戒を向けるべく、全ての動作に注意を払いながら行動する必要があったのだが…

天井から水滴が垂れる音、小さな虫が壁で動く音。

何かある度にローレンは全身を震わせながら、俺とアンバーの方に視線を向けてくる。

恐らく都市にいるときに資料などには目を通しているはず。

なので老婆に関する知識などは触りかもしれないが持っていてもおかしくない。

とすると彼女の中では、この洞窟は非常に危険な位置付けにあるのではと思う。

まだ具体的に危険な面も見えていないが、俺も同様の心構えでいる。

それだけに彼女の気持ちは分かるのだが…


うん!確かに分かるんだ!


でも何かある度に体を小刻みに震わせて、その場にしゃがみこんでしまっては逆に危険だと言うのも分かってほしい。

幸い悲鳴などはあげないだけマシなのかもしれない。

だが、不安のあまり俺やアンバーの服を掴みながら説明を求めてくる。

今は音にも細心の注意を払わなければいけない洞窟の中だけに、おいそれと声を出すこともできない。

簡単な説明であれば、羊皮紙に書いて伝えて終わるのだが…

全てを万事その調子と言うわけには行かない。

アンバーの顔を見るとしびれを切らしましたとでも言いたげな青筋が浮かんでいる。

どうにかこうにか新たな火種にはなるなよと念じながら、俺は次の魔光灯を投げようとしたのだが…


アンバーからストップの合図が来た!

何があるのかと思い、彼が指す方を岩影の隙間から除いてみると…

奥から何か光源があるのか…

微妙にではあるが明かりらしきものが感じられる。

そしてわずかに見える影から考えると人影らしきものも見当たらない。

俺はアンバーと頷き合い彼から盾を借りた。

背中に担いでいる大盾ではなく、左手の籠手ガントレットに直接装備されている着脱式の盾。

俺は左手に盾を持ち違和感なく動けるのを確認すると先ずはローレンを俺の後ろに待機させる。

その様子を見ながら今度はアンバーが自身の大盾を前に持ってきた。

やがて彼は準備が完了すると恐る恐る立ち上がり周囲を見渡し光源の方に向かって歩き始める。


アンバーが歩き始めるのを見て俺が立ち上がった。

彼が動くとその分だけ後ろ側に目が届かなくなる。

それを補うために今度は俺が彼の後ろを見なければいけないと思ったからだ。

俺とアンバーの様子を今にも泣きそうな顔で見つめるローレン。

恐怖で歯が震えるのを必死で押さえているのだろう。

左右の手は彼女の口にしっかり固定されていた。


そして俺が今いる位置からギリギリ光源が確認できる位置までアンバーは移動すると歩くのをやめじっと奥を見ている。

てっきり彼が見ている奥の方に老婆がいるのではと思ってはいたのだが…

どうやら違うようだ。

そのまま様子を見ていると彼は懐から羊皮紙を取りだし何かを書いてこちらに見せてくれた。


【扉】


羊皮紙にはそう書かれている。

それを見てローレンは、あからさまに安堵したと言うような表情を見せたのだが…

でも事態は全然安堵できるように進んでいないはず。

逆に俺の中では扉を開ける方法を探す必要があることに不安を覚えてしまった。

とりあえずアンバーと一度話をする必要があると思い彼に戻るようジェスチャーを送る。



★★★



合流したアンバーの話では扉は大きな石の扉で外側から見る限り仕掛けなどは見当たらない。

そして大きな石の扉だけに動かそうとしても簡単にはいかないだろうと言う意見だ。

隙間なども見当たらないくらいにびっしりとはまった扉、中の様子はもちろん音など一切聞こえないらしい。

なので多分だが中から何か仕掛けがしてあるのだろうと言うことだった。


『ん~、そんな頑丈そうな扉ですか…ここ洞窟ですからね…あまり手荒くして洞窟にダメージを追わせるようなことはしたくないですよね』

『そん時は三人仲良くだな』


不吉なことを言うアンバー…

そんなことを言うのは冗談でもやめていただきたい…


『私に良い考えがあります』

『『えっ?』』


自身の洒落になってない発言が会心のジョークだとでも感じていたのか…

ニヤっと笑うアンバーの横でローレンが様子を伺うように声をあげた。


『このまま何も見なかったと言うことで三人で帰るんです!』

『『はっ?』』


「コイツ何をふざけてるんだ?」なんて思ってしまったが、顔を見る限り…

目を大きく開け泣きながら真剣な表情で俺とアンバーの二人を見ながら言っている。

明らかにローレンの様子がおかしい…

もしかして…

パニックになっているのか?

この状況で、やめてくれよと思ったのだが…


年齢はエルメダと同じくらいだろう。

ということは14~15くらいか?

調査員と言うことだからモンスターとの戦闘経験と言うものは無いのだろう。


(一度でもあれば変わるんだけどな…と言うか…出来るなら俺も泣き言言いたい…)


今までの仕事は市の調査と言うことだけあって安全な仕事ばかりだったのかもしれない。

調査の内容を知っているだけに、これから未知の危険に挑むと言うのを自覚している。


(恐らくアスタロトの話などの詳しいことは分からないのかもしれないが…)


洞窟に入ってからもろくな説明もできなかった…

これでパニックになるなと言う方が無理なのかもしれない。

ローレンに対して、これはヤバイ!

対処のしようがないと感じたとき。


『もうぅ!ヤダ!絶対ヤダ!なんで私が、こんな事しなきゃいけないの?初めての都市外調査で危険度は未知数?無理!無理!無理!ぜぇ~たぁっいに~無理!帰る!かぁ~え~るぅ~!すぐ帰りたいの~!お願い帰してよぉ~!』


大声をあげて手足をバタバタ。

泣きながらローレンが狂ったように叫びだしてしまった!

予兆があったとは言え…

俺とアンバーはどうにかローレンを宥めようとあれやこれやと試してみるが一向に効果がない。

もうどうしたものかと思いながら、二人で途方にくれる。

そんな時…


『誰?』


光源奥の方から若い女性の声らしき甲高い声が一瞬聞こえた。

他の二人の様子も異変に気づいたように辺りを見回していることから、声が聞こえたのは俺の気のせいじゃない。

俺達は互いの顔を見合わせる。

ローレンも一瞬で泣き止んでいた。

そして辺りは一瞬にして静寂を取り戻す。

アンバーが最前列に、俺がローレンを守るように位置をとる。


隊列を組みながら神経を研ぎ澄ませた。

だんだんと老婆の影と足音が大きくなる。

その度に俺は自分の緊張が高まっていくのを感じた。

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