2ー9★分からぬこと

老婆の影と足音が少しづつ大きくなる。


『嬢ちゃんを頼んだ!ぬおぉぉぉ~!!』


姿が確認できるかできないかのタイミングでアンバーは大声をあげてながら盾に身を包むような形で突進した。


『キャァァァァ~!』


俺たちの周囲一面に女性の甲高い声が鳴り響く。

老婆は姿を表すと同時にアンバーの突進をくらい為す術なく吹っ飛ばされた。


(あれ?呆気ない…)


老婆が吹っ飛ばされる様子を見て俺は第一印象として、そう思ってしまった。

アンバーの奇襲が成功したと言えば、それまでなのかもしれない。

だが老婆は彼の突進をモロにくらった後、そのままの勢いで地面を転がり馬乗りになられていいようにされている。

馬乗りになられた後は確かに抵抗しているようにも見えるのだが…

どうにも両手を無茶苦茶に振り回したり、考え無しに体勢を入れ換えようとしているように思えてならない。

どう見てもアンバーの方が優勢なのは明らかだ。

俺もアンバーも苦戦覚悟の戦闘だと覚悟していたのだが…

これではどうにも…


とりあえずアンバーが直ぐに制圧できるのではと思った俺は、ローレンの方に目を向けた。

この後、老婆から情報を聞き出さねばならない。

アンバーにも頼むと言われた。

そして喋る情報は彼女の方で記録してもらう必要がある。

なので先ずは彼女に冷静になってもらう必要があったからだ。

すると…


『あれっ!』


上の方を指差しながらローレンが一言だけ言った。

口を半開きにして顔は放心状態で何かに心をとらわれているのでは?

と思えるほどの表情だ。


俺は彼女につられてそのまま指を指す方に目を向けると上の方に何かが浮かんでいる。

大きさは20cmちょいくらいだろうか、大きめの円筒状の何かのように見えた。

俺でもローレンでもない。

かといってアンバーも両手で大盾を装備して突進したからありえない。

と言うことは…

その物体を投げたのは老婆の可能性が大きいのが明らかだ。


何を投げたのかは分からない。

だが、それが何かのマジックアイテムである可能性も高いはずだ。

マジックアイテムであった場合、最も考えられるのは俺たちへの攻撃と言うことだろう。

今にもアンバーに押さえられそうになっている老婆。

だが実はあのマジックアイテムを使用するための演技なのかもしれない。

上に投げたと言うことは、地面に激突をすれば何かの効果を発揮する可能性が高いはず。

それであれば、あのマジックアイテムが地面に激突する前に何とかして回収するべきだろうと思う。


気がつくと俺はアイテムの方へ全力でダッシュしていた。

アイテムは老婆の手から放たれて上に向かうような軌跡を描いている。

綺麗な放物線を描くような軌跡だ。

そこから俺は、それの予想最高値点と落下地点を走りながら予想をつける。

予想がついたら左足を軸足にして右足で蹴りあげるように斜め上にジャンプ!

物体が地面に激突しないとしても、弾いたりするのも良くないはずだ。

となれば優しく包み込むようにキャッチする必要がある。

俺は空中で両手を使い、包み込むようなイメージで両手を物体めがけて伸ばした。

目線と指先の両方がアイテムと重なる。

そして俺のイメージ通りに目標の放物線が最高値点から僅かに下がり始めた。

後は自分の両腕で籠を作るように目標物を優しく包み込んでキャッチする。


(ナイスキャッチ!)


見事、空中でキャッチをした。

だが、このまま勢い良く着地をして物体に衝撃を伝えては意味がない。

優しく着地できるように俺は自然な感じで上半身を曲げ勢いを殺しながら着地した。

判断からジャンプ、キャッチ、着地と全ての動作が納得のいく出来栄えだった俺は老婆が投げたモノの正体を確かめようと自分の胸の中にあるモノを見てみた。



桶?

桶か?

桶だな…

どこからどう見ても水を汲む桶にしか見えなかった…

中と外、そして底とどこかに術式などが埋め込まれているのかと確認してみたが…

そんなものなど見当たらない。

どこからどう見ても水を汲むための普通の桶に違いない。


何のために?

老婆の行動は湖からつけている。

湖からということは…

この桶は湖の水を汲むためなのか?


そう言えばトーレが、老婆は大したことないとか言っていた気がする…

だが俺は前情報が乏しい段階で油断するのは良くないと判断をして自分なりに万全を喫した。

アスタロトとの関係性もあるかもしれないと考えたのもあるが…

実はトーレの言うことの方が正しかったのか?


取引をしていた商人もエイジが知っている者だった。

恐らくフェンも知っているだろう。

と言うことは身元の確かな商人と言うことになる。


となるとだ…


もしかして…

この洞窟は単なる老婆の住みかなのではないだろうか…

俺達は平和に暮らすお年寄りを情報がないからといって必要以上に怯えている可能性がある。

もしかしたら自分達はとんでもない間違いを起こしているのかもしれない。

前をみるとアンバーが左手で髪を掴み、右手一本で老婆の右腕をとりながらうつ伏せ状態にしている。

完璧に制圧完了と言う感じだ。

もし多少でも戦闘経験があれば、数十秒?

そんな短時間で、あそこまで制圧されないだろう。


『アンバーさん!もしかして…その老婆…』


俺の言葉が途中で切れた。


彼の突進で吹き飛ばされたはずの老婆。

彼に制圧され抵抗できないはずの老婆。

髪を無理矢理捕まれているはずの老婆。


この老婆が俺の事を怒りに溢れた表情で睨んでいる。

その視線に俺は恐怖を覚えてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る