1ー61★恐怖


羽と言えば鳥。

何処にでもある答えだと思う。

だが今回、羽が生えたのは岩だった。

いや、岩から生えたというよりは、岩のようなモノが翼を畳んでいただけなのだろう。


『ウッ…ウッ…ウゥ…ウ~、ウォォン~!』


そのモノは羽を広げると鳥と言うよりは犬のような頭部をしている。

今まで頭部を隠していた反動からなのか、顔を見せると上を向き非常に大きな鳴き声をあげた。

牙を剥き出しにしているその姿に顔も鳴き声も獰猛な犬そのものという感じがする。

そして同じく中から姿を見せた手足は、指が4本だが付き方が人間のようだ。

2足で直立している姿に犬どころか鳥らしさの欠片も見られない。


『おいおい、悪魔の石像ガーゴイルでいいのか…?コレっ…どうすんだよ…』


本来であれば、一番近くにいるソフィアにまで届くようにある程度の声で言うのが適切なはずだ。

だが俺はモンスターをあまり刺激したくないので、あまり大きな声を出したくなかった。

いや、嘘だ!

突発的に現れたモンスターに恐怖を感じたと言うのが本音なのだろう。


『あれぇ~、おにいさん!さっきまでは大きい声出してたのにどうしたのぉ~。今なんて聞こえるか聞こえないか分からないような小さい声だよぉ~。それにぃ~、顔もねぇ~。分かりやすすぎるよぉ~。でも悪魔の石像ガーゴイルなんて言葉よく知ってたよねぇ~。誉めてあげる!』


悪魔の石像ガーゴイルの左肩に乗っているアスタロトが満面の笑みで俺に言ってきた。

見るからに余裕という感じで癪にさわるが…


『いやー、見るの初めてだったから流石にビビっちまったよ。でも誉めてくれるなら、ご褒美ついでに悪魔の石像ガーゴイルから降りてきてくれると助かるんだけど』

『一呼吸おいて少しは余裕でてきたのかなぁ~。でもねぇ~。調子に乗りすぎると痛い目を見るよ!』


アスタロトが言い終わると悪魔の石像ガーゴイルがコチラに向かって跳び跳ねてきた。

悪魔の石像ガーゴイルは空中で器用にアスタロトを乗せたまま、左足と右足を揃えてコチラに向けるように体制を入れ換える。


(あれ?コレって…確かドロップキックってやつじゃないのか…)


俺が気づいたときには遅かった…

悪魔の石像ガーゴイルの揃えた左右の足が俺の胸の辺りにクリーンヒット!

胸にくらった俺は一瞬で呼吸が止まる。

そして呼吸が止まるくらいではキックの衝撃は抑えられない。

強すぎる衝撃は俺のバランス感覚までも奪う。

立っていられない俺は、そのまま小中学生時代に体育の授業で披露をした後転のごとく転がり続けてしまった。

幸いと言えばいいのか…2mほど後方に大きな木が見える。

俺は、その木に勢いよくぶつかることで後転を止めることができた。


『アー、ハッハッハッ~、何その芸はぁ~!初めて見たぁ~。知り合ったばかりで知らないことも多くあるとは思っていたけど、まさかおにいさんにそんな特技があるなんて驚きですぅ~』


ドロップキックと後転による全身を打ち付けた衝撃で言い返せない俺をニヤニヤ見つめながらアスタロトが言ってくる。

悪魔の石像ガーゴイルの方が俺の前まで近づいてきた。

身動きもできない俺を確認したかと思うと俺を腹ばいにさせ、4本しかない手足の指を使い俺を押さえつける。


『あっ…うっ…おっ…いっ…』

『それで、おにいさんのお望み通りに悪魔の石像ガーゴイルから降りてきましたよぉ~。それでどうするんですかぁ~?』


モンスターに押さえつけられて抵抗できない俺を見て安心したようだ。

アスタロトが左肩から降りてきた。


『おい…手足を退けさせろ…』

『はぁ~いぃ~?なぁ~にを言ってるんですかぁ~。こぉ~のぉ~ひぃ~とぉ~はぁ~?』


アスタロトの雰囲気が変わった…

語尾を伸ばし人を小バカにするように基本的な口調は変わっていないかもしれない。

だが先ほどに比べ喋りのトーンが大きくなり、目をめい一杯開きながら喋ったり、口をわざとゆっくりとハッキリさせながら喋っている。


『だぁ~いぃ~じょぉ~ぶですかぁ~?ここはぁ~?』


腹ばいにさせられている俺の前で中腰になり、俺の頭をコツコツと軽く叩きながら言葉を続けた。


『いい加減にしろよ…』


俺は腹ばいにさせられてはいるが精一杯の抵抗のつもりでアスタロトを睨み付けた。


『いい加減にするのは、お前だろ!自分の立場が分かっているのか!』


バシィーーン!


再びアスタロトの雰囲気が変わった。

俺の言葉に怒りを覚えたのか、感情を露にするような激しい口調で持っていた木の枝を俺に鞭のように振り下ろす。

アスタロトが持っていた木の枝は何の変哲もない普通の枝だと思っていた。

だからアスタロトが思いっきり振り下ろした際には簡単に折れるはずと思っていたのだが…

折れるどころか俺の右脇腹の横から左肩の斜めラインに綺麗に食い込んできた。

背中が一瞬爆発したと勘違いするほどの衝撃。

痛い!

熱い?

痒い?

様々な感覚が俺の背中で暴れまわる。

だが体を押さえられている俺は何もできない。


『ア″ア″ア″ァァー…ひぎゃいぃ…』

『はいぃ~?今なんて言ったんですかぁ~?』


アスタロトが少し前と同様の口調に戻る。

表情も怒りが消えてニタニタ笑いながらご満悦と言った表情だ。


『おい!コッチは聞いてるんだよ!早く答えろ!今なんて言ったんだよ!』


ビシィッ!!


ニタニタ笑いながらも厳しい口調。

枝が一発目よりも鈍い音を響かせて再び俺の背中を抉ってくる。

今度は背中から左脇腹を掴んでくるような衝撃に襲われた。

一発目よりも低い音に聞こえたのは衝撃が体の中に響いたからだろう。


『イ″イ″イ″ィィィジャア″ア″ァァイ″イ″イ″……もう…やめて…』

『そう!さっきは、そんな感じの声でしたねぇ~。すこーし違う気もしますけどぉ~。というかぁ…もしかして心折れてしまったんですかぁ~?』


俺は掠れたような声で思わず「やめて…」と涙を流しながら呟いてしまった…

一発目のダメージが回復する前に立て続けの二発目。

殴られたりするような痛みとは全く違う感触。

無抵抗で浴びる恐怖。

アスタロトが言うように俺は、たかが二発で心が折れてしまった…

先ほどのようにアスタロトを睨み付けることができない。

アスタロトの怒りを買いたくないあまり言葉も出てこなかった。


『あぁ~、壊れちゃいましたかぁ~…もう少し行けると思ったんですけどねぇ~。ん~、どうしよっかなぁ~。そんなにやめて欲しいですかぁ~?』


アスタロトの問いかけに、俺は何と声を出せばいいのか分からない。

正直、もう気分を損ねるような反応はしたくなかった。

もう心が折れた俺は捨てられた子犬のような目で無言で何度も頷くのが精一杯だ。

興味が半分ないですと言わんばかりに、アスタロトは周囲を見渡し始める。


『っと…あれれぇ~、いいこと思い付いちゃいましたぁ~』


アスタロトが俺から目線をそらすと何かを見つけたようだ。

喋り方は無邪気な少年という感じなのだが、俺にはその時浮かべていた表情が異世界に来てから最も恐ろしいものに思えた。

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