1ー62★願い

『本当なら、あれがあると一番いいんだけどぉ…残念なことに忘れたんだよねぇ~。まさかこんな感じになるとは思わなかったしぃ~』


アスタロトは首を斜めに傾けて、上から俺を見下ろしながら言っている。

コチラには何を言っているのか全く検討もつかない。

それに俺の方としては、今の地獄というか体の中に刷り込まれた恐怖が早く過ぎ去ってくれればいいと心の底から思っているだけだ。


『おにいさん~、助かりたいんだよねぇ~。その為なら何でもするぅ~?』


俺の頭を撫でれるほど体制を低くしながら、犬にしつけるような感じで言ってきた。

アスタロトの機嫌を損ねてはいけない。

返事が遅れたという理由なんかで一撃を貰わないように、俺は首を激しく上下に振る。


『あれぇ~、僕はおにいさんに質問したつもりだよぉ~。ハイもイイエも無いつもりですかぁ~?』


中腰のアスタロトが少し距離をとった。

ニヤケ顔で木の枝を軽く振るような仕草を見せる。


(あれは貰いたくない…)


『はい、助かりたいです。宜しくお願いします。アスタロト様』


最早、アスタロトと視線を合わせただけで、俺は涙が出てしまいそうなほどまで恐怖を刷り込まれていた。

悪魔の石像ガーゴイルに押さえ込まれたまま身動きが取れない。

次の一撃を貰いたくない俺は、ついにアスタロト[様]とまで言い出す始末。

もし誰かが近くにいれば「笑いたければ笑え!」と叫びだしそうなほど切羽詰まっていた。


『そうだよねぇ~。この状態なら指輪ないのが本当に残念だよぉ…まぁ~、無いものを言っても仕方がないので今出来ることを最大限やっていこうと思いますぅ~』


(指輪??)


アスタロトは言い終わると指をパチンと鳴らす。


『ウウゥゥ…』


俺を押さえつけてからは置物のごとく物音も身動きも何一つ変化がなかった悪魔の石像ガーゴイルが動いた。

獰猛な犬のような顔を俺の方へ近づけると口を開く。

開いた口は俺の首の上の方で動きを止めた。


(噛まれるかと思った…)


『まぁ~、こんなもんかなぁ~。よぉーしぃ~、おにいさん何か喋ってみて!』


悪魔の石像ガーゴイルが俺の上で動いたことで、俺の中でおおよその検討しかつかないが動きがあったことは分かる。

これによりアスタロトの一撃の恐怖とは別の恐怖が俺の中に追加された。

両方とも自分では手だてがない恐怖。

考えることは一秒でも早く恐怖がなくなって欲しいということ。

喋りなさいと言われても無様な命乞いくらいしか思い付かなかった。


『お願いします…助けてください…』


俺の一言を受けて最初の反応を見せたのは悪魔の石像ガーゴイルだった。

言葉を聞くと一度は止めた口を再び俺の方へ近づける。

俺は横目に自分と石像の位置を確かめながら、再び恐怖を感じた。


『おにいさん!横目で見えるようにこの子はおにいさんの声によって行動するんですぅ~』


その瞬間…


『えっ…??』


俺は思わず口にしてしまった…

馬鹿だ!


もちろん悪魔の石像ガーゴイルは再び行動開始をし俺に口を近づけ、今度は犬歯の一本が俺の首に触れる寸前という所で動きをやめた。


『あーーー、ハァッハァッハァ~!何やってるのお兄さん!!そんなに死にたいのぉ~?それなら後ろから擽ってあげようかぁ~?』


アスタロトが不気味に笑い、擽りのジェスチャーをしながら俺に言ってくる。

勿論、俺は一秒でも長く生きていたい。

死にたがりでは決してない!

精一杯のジェスチャーとして無言で悪魔の石像ガーゴイルの牙に気を付けるように首を横に振る。

それでも首の後ろの方が少し切れたかもしれない。

俺の首がヒリヒリする分だけ恐怖が大きくなっていくのが分かる。


『そうそう!反応するのはおにいさんの声だけだからぁ~。何かしたいときは首を振るなりして知らせてくれればいいよぉ~。と言っている間に準備は出来たようだねぇ~』


(はー…?準備って何…?まだ何かあるのか?)


アスタロトはソフィアの方を向きながら喋っている。

もう俺はアスタロトの言葉一つ、行動一つにまで恐怖を感じていた。

アスタロトは喋り終わると、ゆっくりどこかへ歩を進める。

悪魔の石像ガーゴイルに押さえつけられている俺は視界に限界がある。

さっきと同じヘマはしたくないので大声だして呼び掛けることはしたくない。

次声を出すときっと噛まれてしまうことだろう。

かといって首を動かすにしても、触れただけで首の皮が切れるほどの獰猛な刃。

だが、どこかに行ったのか確かめなければ、次にされる恐怖が…


パシッ!


俺の視界からアスタロトが完全に消えて数秒たった頃。

目の前に一本のナイフが投げ込まれて、地面に突き刺さった。

そのナイフは刃の部分が真っ黒のナイフだが、白い部分で文字が刻まれている。

恐らくはアスタロトが投げたであろうナイフ。

何か仕掛けがしているのかもしれないが、目の前の視界が限られている俺には読むという選択肢しかなかった。


[敗北者に生きる価値は無し]


俺は自分の唇から血が出るほど強い力で唇を噛んだ。

噛むのを止めると悪魔の石像ガーゴイルにきっと襲われる。

こんなになりながらも俺は生きたい。

だから声の代わりに涙と鼻水と血にまみれていた。

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