1ー16★闇
案内された家は2階建てで下に4部屋+風呂とトイレ、キッチンが別々、上が大きめの2部屋。
テラスとバルコニーまで付いているのだが…
正直、男の独り暮らしなんて2部屋にユニットバス位でじゅうぶんだと思う。
今はテラスにある椅子に座りながら来るときに通った丘の下を見ている。
丘の下には最初にムーブで来た孤児院があり、その横には野球でもできそうな位の空き地が広がっていた。
空き地をよく見ると小さな子供らしき影が多くあり、恐らくはあの影が孤児達なのではないかと思えてきた。
今は家の案内も終わりスルトが淹れてくれたお茶を飲みながら何とはなしに話をしていた。
結構色々な話をしていたと思うのだが、取り分け俺が興味を持ったのはスルトとエウラの関係性である。
エウラは人間よりも長命種のエルフだ。
長命種と言うのは単純に寿命が長いだけではなく、成長のスピードもかなり遅いと言っていた。
それはもちろん妊娠期間においても同様の意味となるらしい。
通常、人間の妊娠期間は十月十日とはよく言われるが、人間の何倍も長命なエルフの場合は妊娠期間もその何倍にもなるということか。
(どうみてもスルトがお爺ちゃん過ぎて深くは聞けなかった…)
『あそこに見える子供達が全員孤児なんですよね?あの人数は大変ですよね』
『そうですね。確かに大変ですけど、見捨てるわけにも行かなくて…』
『ここからハッキリとは分からないんですけど、子供達って人間、エルフ、ドワーフの三種族いるんですよね』
『はい、後、亜人種の子供達もいますよ』
『えっ?亜人種ってなんですか?』
『ナカノさんは、他所から来られたと聞いたのですが』
『はい、エルフもドワーフもいない地域から来ました』
『よほど遠い国だったのでしょう。失礼しました。亜人種と言うのは、人間種と近いと言えば良いのか別種と言えば良いのか…』
『この大陸は、ランティス、バビロン、ガルトの三国が大きな勢力となっているのはご存じですか?』
『はい、知ってますけど…』
『種族的には人間、ドワーフ、エルフがほとんどなんですが、ただ少ないながらも他の種族と言うのもいるんです』
そう言いながらスルトは自分のカードを見せてくれた。
そこにはハーフリングと記載されていて、年齢が47となっていた。
(え?ハーフリングって何?それよりも…47?俺と10しか変わらないの?90って言われても信じちゃうけど…)
驚愕の事実に情報整理が追い付かない。
言葉も出ずに俺の視線がスルトと机の間を上下するばかりだ。
俺の反応をスルトは予想しいていたのか、優しい口調で淡々と語り出してきた。
『私の両親は小人族と呼ばれる亜人種の母と人間の父です。父と母が出会った頃、母は父の妾だったと聞かされています。母が私を身籠ったと知ると、父は母を遠ざけて厄介払いしたそうです。お金も身寄りもない母は三国の影響を受けないこの都市に身をおき苦労を重ねながら私を産み育ててくれました。父は母が亜人種だから見捨てたのです』
最後の一言、スルトの言葉が若干だが震えているように感じた…
『小人族だから見捨てた?』
『三種族優位説と言うのはご存じですか?』
『すいません』
『ランティスはエルフ、ガルドはドワーフ、バビロンは人間が最も優れていると唱える考え方です。三種族においては、どのような状況においても最低限の権利と言うのが三国内においては認められています。ですが後ろ楯を持たない種族と言うのはどうなると思いますか?』
『どうなるって言われても…』
『男は奴隷、女は器量により奴隷か妾、どちらも嫌なら価値なしとして好き勝手にされるそうです。言葉は通じるのに、同じ食べ物を食べるのに、生活だってみんな同じなのに…生まれた瞬間に立場が決まるって…力が弱いから何ですか?体が小さいのが何ですか?人数が多いと何故偉いのですか?寿命が長いから偉い?魔法が使えるから偉い?ルーツが判明してるから偉い?私と母が何かをしたのならいくらでも償います。でも私も母も何もやっていない…』
スルトの話し方には激しい感情を一切隠すそぶりがなかった。
(寿命が長いから偉い?もしかして…)
『いつからそんなことが…』
『分かりません。ですが昔、おひと方この考えに真っ向から反対を唱える人がいたと言うのは聞いています。困った亜人種を積極的に受け入れて面倒を見ていたそうです。多くの亜人種と優位性に疑問を持つ者が身を寄せあい、時には戦い生まれたのがこの都市の始まりと言われています』
この都市に来て、それなりに場所を巡ったつもりでいた。
だがエルフ、ドワーフ、人間以外の種族と思えるような者は俺には
闇と言うのは見えない所に潜んでいると言うのを一瞬にして実感してしまった。
『奴隷や妾の制度って今もあるんですか?』
『今残っている奴隷や妾の制度は職業としては残っています。でもそれは犯罪を犯した場合や借金による問題などで、その場合であっても本人の同意が必要となっています。また奴隷から解放される方法や生活の保障なども用意されています。ただ三種族の場合に限ってですけどね…』
『この都市にも奴隷はいるんですか?』
『奴隷商はあります。ただ奴隷かどうかを確認するには相手のカードを見る必要性があります。』
『カードを見る必要性?ってことは、奴隷や妾の子供が生まれた場合はどうなるんですか?』
『生まれてすぐにカードを作られることはないので奴隷や妾ではありません。子供は子供なんです。悪いことも借金もしているわけではありません。ですが事情を知っている一部の方も同じ考えとは限りません。そうするとどこかで生活に歪みが生まれてきます。その受け皿となるのが、この孤児院と言うわけです』
『あそこで遊んでいる子供達は今も差別を受けているのですか?』
『この周辺の方々は
『それは良かったです』
スルトとの会話で三国の闇を引き受けているのが、この都市というような印象を受けてしまった。
ハッキリいって話の内容的に重すぎたなと感じ話題を変更したいとは思ったのだが、どうしても聞いておきたいことがあった。
『奴隷には本人の同意が必要なんですよね?同意させれば誰でも奴隷に出来るってことですか?ある条件を出して相手に同意させたりも出来るということですか?』
『奴隷商ではないのでハッキリとは分からないです。ナカノさんには誰か奴隷堕ちさせたい方でもいるんですか?』
『いや、そう言う意味ではなくて、何となく思っただけです…』
『もちろん奴隷や妾ではない亜人種の方もいるんですよね?そう言った方はどのようにしているのでしょうか?』
『孤児院の子供達は、独り立ちできる年齢が来たら旅をするものがほとんどです。後は別な方法を選択してヒッソリと生活していくものもいます。いずれにしても奴隷と勘違いされたくはないのでしょう…』
『なんか変ですよね…』
『はい、変ですよ』
そう呟いたスルトの声は明るいものだったが、表情は苦いものだった。
本当はスルトにもっと別なことを聞きたかった。
だけど、それを聞いて辻褄が合うことで聞かなければ良かったと思う後悔を恐れて、最も重要な言葉を俺は発することができなかった。
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