リレー小説テーマ【春】ちわりい&p-man組

p-man Part


僕は今この子に生を感じている。

人にそういう想いを抱いたのは、これが初めての事だった。

桜を眺めて、ただ歩いているだけの時間がとてもとても美しくて、楽しくて、そして儚かった。

舞い散る桜色の生命が、僕の体をすり抜けながら、地面に落ちていく。

花びら一枚に、生命がある事を思い知らされた。

今日また何十枚、何百枚の桜の花びらが地面に落ちていくのを僕は唐突に想像し、切なくなった。

刹那的に僕ら人間たちは、この瞬間にも何十人、何百人と生命を失う。

その分新しい生命も生まれ、喜びが溢れる。

僕もまた、桜の花びら一枚と同じ。

そんな風に、僕は僕の死に折り合いを付けた。


「死にたいな」


突然の事だった。

帰り道、隣を歩く僕と血縁関係のある、可愛いと心底思えるようになった甥っ子の発言。

頭で理解した途端、急にわき起こる衝動が抑えきれなかった。


「な!?何を言ってるんだい!?」


「おじさんの前でこんな事を言うのもはばかられるけど、本当にそう思うんだ」


はばかられるなんて、と、こんな状況にも関わらず思ってしまった自分に、どこか呆れて落ち着きを取り戻した。


「何かあったのか?」


「わかるでしょ?僕は変わってるんだ。人と違う。みんなが何故、特別であろうとするのか、僕には理解出来ない。こんなにも辛いのに」


桃色に染まった川沿いの道が、まるで天国に続いているみたいに神々しく光る。


僕は当たり前に、良い。

寧ろ死んでいるのだから、それが自然だろう。

だけれどこの子は、違う。

まだまだ、これからなのだ。


「今辛かったとしても」


「それは聞き飽きたよ。テレビとか、小説とか、アニメとか、もういっぱい聞いてきた」


少しも悲痛な様子も見せない僕の甥っ子の背中が実像よりも更に、小さく見えた。


「おじさん。おじさんと一緒なら、死ぬ事も怖くない気がする。誰かが一緒なら、勇気が出なくて出来なかった自殺も、出来るような気がするんだ」


「ダメだ」


「生きてて、本当に僕は幸せになれると思う?」


死んでも身長の差はそのまま。

僕を見上げる甥っ子の目は、年相応のあどけなさと、不相応の絶望で混んがらがっていて、とてもじゃないが、僕は適当な事を言える気がしなかった。


「わからない」


「そうだよね。意地悪な事を言って迷惑かけてごめんなさい。だけど、おじさんが正直に言ってくれる大人で良かった。おじさんの事まで嫌いになりたくないから」


「わからないけれど、死んで欲しくない。僕が生きたかった時間を君は無駄にするのかなんてクソみたいな事は言わない。だけど、僕は単純に君がこのまま死んでしまうのが嫌なんだ」


本当にそう思っている。

この可愛い甥っ子が自殺を選ぶなんて、僕には到底我慢ならない。

今日初めて可愛いと思った甥っ子だとしても、もう可愛いと感じているのだ。

誰にも何も言わせないし、僕の心にも嘘をついていない、真っ正直な本当の気持ちだ。

なんなら、甥っ子を苦しめる元凶を、天国に昇るなんて真似せずに、呪い続ける悪霊にだってなってやろうとさえ思う。

死に際どころか、もう死んでしまっている僕だけれど、最後の最後に、甥っ子を愛しいと感じる機会を与えてくれたこの子を、助けたい。

とっくに遅いと分かっていても、この後僕が居なくなってこの子が苦しみ続けたとしても、なんの責任も取れないけれど、この可愛い可愛い、少し変わった憎らしい甥っ子には自殺して欲しくないのだ。


「おじさん。どうしてもっと早く僕と話をしてくれなかったのさ」


心がズタズタに張り裂ける音がする。


「おじさん。どうして僕をこのまま残してどっかに行っちゃうのさ」


死んだら涙も出ないのかなんて思ってしまう。


「おじさん。最低だよ」


「ごめん」


「おじさんの事が今凄く好きでたまらないのに、なんでこんなタイミングなのさ」


「ごめん」


「……桜みたいだね」


甥っ子はまるでドラマに出てくる主人公の様に、儚げに桜並木の終わりにある一本の桜を見上げて小さくそう言った。


「なにが?」


「おじさんは桜みたいだねって」


「どうして?」


見上げていた顔を、真っ直ぐ僕の方に向き直す。

目線がしっかり僕の目を見ていて、透け透けな体だということを忘れさせてくれた。


「綺麗だなって、好きだなぁって思った頃にはもう遅くて、ずっと見ていたいって思ってるのにもうその時には桜は居なくなろうとしているんだ」


その言葉が凄く詩的で、美しくて、素敵だなと、僕が女だったらと考えると、到底正気は保てないほど綺麗な表現だった。

それが今、僕に向けられている言葉だから尚更にそう思えた。


「ずっと見守ってるとか、君のそばに居るからねとか、そんなドラマティックな言葉は歯が浮いて到底言えそうに無いけれど、僕は君の幸せを必死に祈ってる」


「必死って」


そう言ってクスクスと笑う甥っ子につられて、僕もなんだかおかしくなった。


「もう少し頑張ってみるよ。おじさんのお願いは聞かなきゃね」


「ありがとう」


「もうダメだって思った時は許してね」


「その時はどうにか神様に土下座してでも少しでも力になれるように何とかしてみるよ」


「幽霊が言うと何処か説得力があるね」


「そうか?何もしてあげられないし、これからも何も出来ないおじさんでごめんな。ジュースもろくに買ってあげらない約立たずだし」


「ううん。死なないでってお願いされたのはおじさんが初めてだったから、僕はそれだけで嬉しい」


その言葉に僕は立ち止まってしまうほど嬉しくなった。

この桜並木の、桜色の絨毯の切れ目。

甥っ子の小さな背中が、さっきよりも大きく見えた。


桜散る春の柔らかい風の中、頑張れと小さく呟いて、透明な僕は気付かれないように、花びらに紛れて静かに散った。


「ありがとう」

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