リレー小説テーマ【春】ちわりい&p-man組

桜色舞うころ、何故だか僕は死んでいた。


生命の芽吹く季節であり、越冬した安堵に喜びを分かち合う安寧の時。

神様の嫌がらせは、得てしてそういう時に訪れるのだと、死して思い至った。

奇しくも、面白おかしい事に、僕の命日となったのはエイプリルフール。

こうして浮遊しつつ見る、知人友人親類の顔を眺めていると、誰しもが「何の冗談だ?」という表情をしているのがクスリとくる。

やるは悲劇、見るは喜劇。まさに言い得て妙。

死んだ僕からしてみれば「冗談な訳ないだろう」と、怒りさえ覚えるその一言。

だが、こうして幽体離脱して見る棺の中の自分を見れば、どこか他人事のようで口端が緩んだ。


「まだ30だぞ?」

「若過ぎるよな」

「クモ膜下出血とか言ってたな」

「親不孝者が」


口々に聞こえる見知った顔の会話。

皆が皆、僕の死がエイプリルフールの嘘ではないと認識していき、悲痛な面持ちになっていく。

そんな中、一人の少年だけが何の感情も無い顔で僕のご遺体を眺めていた。


「おじさん」


そう聞こえた僕は、その子の方へと浮遊する体を近づけた。


「おじさん何処にいるの?」


少年の背後で守護霊の如く接近した僕に、またもや呟きが耳に入る。


「ここにいるよ」


どうせ聞こえまいと、無表情ながら僕を探している少年の困惑を察した僕は、胸が締め付けられる思いでその小さな背中を抱き締めた。


「うわっ!びっくりした!」


抱き締めようとした体に触れられはしなかったが、僕の手が少年の体をすり抜けた途端、猫がきゅうりを見たかのように過剰な動きをしてみせた。


「え?」

「いきなり何すんのさ。幽霊だっていう自覚が足りないんじゃない?」


言葉を返すようだが、先程から浮遊したり何なりしている僕は、多少なりとも幽霊だという自覚があるので、まさか少年が話し掛けているとは思えず、後ろを振り向き少年の話し相手を探してみる。


「いやいや、おじさんに言ってるんだけど」

「え?僕?」

「そんな典型的なボケ要らないから」


辛辣に悪辣な少年の言葉が、スケスケな体に突き刺さる。


「君、僕の事が見えるの?」

「見えるか見えないかで言ったら透けててはっきりとは見えてないかな」


一々、癪に障るガキである。

死して尚、憤りが感じられるというのもまた一興と、僕は気を取り直して現状を振り返る。

まず、何故この子が僕と会話しているにも関わらず周りの親達は知らん顔なのか。

どう考えても異様な光景である。

少年には僕が"あらかた"見えているにしても、周りの人間からは見えていない筈。

という事はこの子は今、虚空に向けて独り言を言っている変な子として奇っ怪な目に晒されなければならない。

しかし、行き交う大人たちにその様子は見られない。

考えられる事は二つ。

まず一つ目、この僕の甥っ子にあたる少年は、何らかの特殊能力によって霊体である僕と会話が出来、更に会話の最中には他者に悟られる事が無いようにも出来る能力がある。

そして二つ目、何らかの特殊能力によって霊体である僕と会話が出来、更にその特殊能力によって理解の追い付かない周りの人間達から既に"変な子"認定されている。


「ねえ君は変な子なの?」

「藪から棒にいたいけな少年のコンプレックスをつつかないでくれる?」


大方予想通り、僕の考えの後者が適切だったようだ。


そういえば、僕はこの子とあまり話した事が無い。

親戚一同が介する行事にも、毎度現れる訳でもなかったし、頭が良くて引っ込み思案。

そんな風にしか聞いたことがなかった。

10歳の甥っ子といえば、本来なら可愛くてしょうが無い筈なのに、僕は何故こんなにもこの子のことを知らずにいたのだろう。


「幽霊と話せるの?」

「うん。おじさんだけじゃなくて、他の幽霊とも話せるよ。でも……」

「でも?」

「それは天国に行くほんのちょっとの間だけ」


小生意気に笑っている表情が目に入り、僕はこの子の顔を初めてまじまじと見た。

目はクリクリとして、鼻は小さく、唇は薄情にも薄い。

よく姉は薄い唇を嫌っていた。


「薄情だって人は言うけれど、唇が薄いのは何事も耐え忍んでキツく結んでいるからよ」


その言葉を思い出し、ピンク色のまるで桜の花びらのような唇が悲しく思え、どうしようもなくこの甥っ子が愛らしく見えた。

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