リレー小説テーマ【夏】破隕&KOU組

破隕 Part


「……んー? むむむ……」


「お前、なにしてんの?」



俺の目の前でなんとも不思議な動きをしている彼、具体的に言うならば両腕を前方へ突き出し手のひらをぐっぱぐっぱしている。遠くから見れば彼の動きは夏の太陽が照りつける中、必死に握力を鍛える努力家に見えるだろう。  


しかし、彼と対峙した瞬間に俺は悟った。彼は見えない何かと戦っている。額に汗を滲ませ、虚空を力いっぱい、かつ優しく揉みほぐす姿。彼のモーションは童貞のそれだった。


   


「……初パイ揉みのイメトレ。集中してるから邪魔しないで」 


「お、おう。頑張れよ」



部活中に何をしているのか。そんな言葉が浮かんできたがグッと飲み込んだ。


そう、練習中にエアパイ揉みをしてしまう彼の童貞の拗らせ方は、少々度が過ぎている。そんな彼に冷や水の如く正論をぶつけた所で意味を成さないだろう。


数分後に顧問がブチ切れている姿が頭をよぎったが、俺は放置して練習を再開した。さらば、アーメン。



「なな、隣のクラスの齋藤エロくね?」



次の休憩時間、しこたま怒られたエアパイ揉みの彼が話しかけてきた。


俺達は小中と同じ学校で過ごし、家も近く、放課後には互いの家で遊ぶ程仲が良かった。同じ高校に進学してからもクラスはが同じで、更には所属する部活動も同じということで入学してからはほとんどの時間を一緒に過ごしている。


今のように休憩時間はもちろんのこと、練習中ですら他愛もない雑談を持ちかけては俺を笑わせてくれる面白いやつだ。突然おかしな行動をとるほどには頭のネジが緩んでいるが、それも彼の個性と言えるだろう。



「そんな目で見たことないなぁ、そもそもあんまし会わないし」


「んだよ、つまんねぇな」



そんなことを言われても困る。こいつの下ネタは日に日に加速し、高校に入学すると輪をかけて酷くなった。



「いや、三組の今井もなかなかだぞ?」


「お前もかよ」



突然会話に飛び込んできた彼はこの高校で知り合った部活仲間だ。こいつの思春期っぷりもなかなかに酷い。



「でもあいつら若干太ってね?」


「確かに」



失礼な奴らだ。好き勝手に他人の身体を査定してやがる。醜い会話に巻き込まないで欲しいもんだ。だけど、こんな会話は基本的に部活中に繰り広げられていて、もはや恒例行事だった。俺は諦めて聞き流すモードに入ることにした。



「や、でも俺はワンチャンいけるで」


「デブ専乙」


「そう言うお前はどうなんだよ」


「俺? ……竹田先輩の太ももとか?」


「えっちやな」



最底辺の会話が耳に流れ込んでくる。定期的に行われている女子の査定、今回は長引きそうだ。



「……それで坂本先輩のパイに肘が当たったんだよ!」


「それマま? 感触はどんな感じやったん!?」


「超おっぱい」


「うわ、まじ羨ましすぎな」



練習器具を片付けて二人の元へ戻るとまだ話が続いていた。話に夢中になっている彼らはその所為で、鬼の形相でこちらへ向かって来る顧問の姿に気が付かない。いとも容易く背後を晒してしまった彼らの後頭部に鋭い鉄拳が放たれる。


鈍い音と共に彼らの断末魔が聞こえ、本日二度目の雷が落ちた。アーメン。



◇◇◇◇◇ 



七月も下旬を迎え、今日より強化合宿が始まる。毎年この時期には他県に遠征をし、三日間泊まり込みで練習を行うらしい。


今年も例外なく石川県の海岸沿いにある旅館にやってきた。


主な練習場所はここから歩いて十五分程のところにある砂浜だ。足場の悪い砂浜では踏み込むことが難しく、コツを掴まないとまともに走ることすら叶わない。体力、筋力アップにはもってこいの練習場所と言えるな。



「今日の練習楽しみだよな」

「それな、こんなやる気満々なの珍しいかもしらん」



先日、顧問の雷をくらった変態二人組が珍しく練習に対して前向きな発言をしている。だけど理由は聞かない、聞いたら負けだといってもいい。


彼らの脳内は多分、恐らく、絶対にピンク色の花で溢れかえっている。ここで彼らに理由を聞こうものなら下卑た言葉がマシンガンの如く放たれるだろうな。彼らの行動は予想済み。俺は話題に触れず、会話にすら参加せず更衣室へと向かった。


なぜ着替えるのかって? それはもちろん決まってるだろう。練習メニューが海水浴という、男子にとっての一大イベントだからだ。 



「よーし! みんな遊び狂えー!」


「「「うぉーー!!」」」



モデルに匹敵するほどの長身と健康的に焼けた肌、引き締まった体躯に整った顔立ち。  我らが部長、竹田先輩の声を皮切りに俺を含めた部員全員が海へ駆ける。


灼熱の日差しを浴びた熱砂とリズミカルな低い波。折角の海なんだ、焼けた浜には上がりたくないだろ?



一通り遊び終えた俺たちはテントの下で休憩することにした。



「……今晩、どうする?」


「意外と高かったよな? ギリ届かなそう……」



休憩中、二人の作戦会議が聞こえてくる。もはや彼らの断片的な会話からも、今晩決行されようとしている犯罪行為が分かってしまう。



「お前は……興味ないもんな」

「多分、こいつち〇ぽ生えてないんだよ」



あーしんどい。慣れているとはいえここまで下品な話題を平然と振られると疲れてくる。イチモツに関する話題は話し尽くしたろうに。



「まぁ、ち〇ぽ生えてないクソガキはほっとこうぜ」


「よし、竹田先輩の太もも鑑賞会の始まりだ」


「……黙れ変態ども」



次の瞬間、背後から震えた声が聞こえた。俺を含めた三人が恐る恐る振り返ると、そこには顔から首まで朱を注いだような竹田先輩の姿が。


強く握られた拳と体を小刻みに振るわせる彼女の姿は、全身で怒りを表現していた。



「三人とも砂浜ダッシュ十本!! 終わるまで帰ってくるなぁ〜!」


「ちょ、いや、俺は関係なくて!」


「問答無用よ、連帯責任! ほら早く行きなさい!」



うわ、まじ最悪だ。午後の練習もあるのに巻き添いをくらってしまった。二人もこれに懲りて次は……もうダメだぁ。



「眼福ですな」


「竹田先輩になら何回怒られてもいいや」



怒られた事よりも間近で竹田先輩を見れた事による喜びの方が大きいらしい。


第二ラウンドと言わんばかりに話し始めた変態二人の背中を睨みつつ、サラサラと崩れる砂浜を踏みしめた。

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