リレー小説テーマ【夏】ちわりい&p-man組
p-man Part
「相生みたいだね」
夏はそう言って私をラムネ瓶越しに眺めていた。
「相生って?」
「僕と君の事だよ」
私は相生が何なのか知らなかったけれど、夏と私の関係が、そうやって言葉になるのだと知って嬉しくなった。
有り体に言って、私は私をよく理解していない。
私は誰なのか、さっぱりだ。
だけれど私は夏をよく理解している。
だから嬉しくなるのだ。
私は夏を見て、自分を見た気になったのだ。
「楽しい?」
私もラムネ瓶越しに眺め、夏の口角が上がっているのを見た。
「凄く楽しい」
毎年、毎年、毎年。
夏がやってくるのを楽しみにしている。
ずっとずっとずっと、ずっと此処で私は夏を待っているのだ。
去年も一昨年も、その前も前も。
だけれど夏はすぐに消えてしまう。
紫陽花が咲く頃やって来て、蝉が鳴いて、向日葵が咲いて、皆が夏に当てられた頃、いつの間にか消えていく。
「どうにか今年も生きていけそう」
私のその言葉に夏は戸惑った様子だった。
どうして?そう聞きたかった。
どうしてそんな顔をするの?
だけれどそれを聞いてしまえば、すぐに取り返しのつかない事になりそうな気がして、声に出せなかった。
太陽が眩しくて、木陰に佇んでいた。
色鮮やかで、くっきりとした輪郭を持つ風景が、より一層鮮明になる為に必要な明暗の暗中。
確かに飲みきったラムネ瓶が、コロコロ音を立てる。
凸凹の形を撫でながら、私は空を眺めた。
「太陽が真上にあるのね」
と私は言った。
「そうだね。木の傘のお陰で涼しいね」
「太陽って凄く遠いのにこんなにすぐに感じられるなんて凄いね」
「太陽は僕達なんて気にしていないのに」
夏はそう言って悲しそうにしている。
そういえば、夏は太陽の事をどう思っているのだろう。
夏が暑いのも、夏にクーラーが涼しいのも、夏の夜が綺麗なのも、全部太陽のお陰。
「太陽は好き?」
「ううん、嫌いだよ」
「どうして?」
「向日葵みたいだから」
「向日葵は嫌い?」
「うん」
「どうして?」
「君が向日葵を嫌いだから」
アスファルトの地面がゆらゆら揺れている。
用水路の水が弱々しく流れている。
私は私が嫌いなものを思い出した。
ゆらゆら揺れて、弱々しく思い出していく。
私は向日葵が嫌いで、カナリアが嫌い。
煌びやかでさんざめいていて、消えてしまえば寂しさだけを残していく。
そんな賑やかなあいつらが嫌いだ。
「何が好き?」
と、夏は言った。
私は「夏」と答えた。
「他には?」
と、夏は言った。
私は「ラムネ」と答えた。
「冬のラムネは好き?」
と、夏は言った。
私は「嫌い」と答えた。
「困ったね」に「どうして?」を返す。
「それじゃあラムネじゃないからだよ」
「じゃあやっぱり夏が好き」
と、言った私に夏は肩を竦めた。
「きゅうりは?」
「乗り物?」
「なすびは?」
「わからない」
夏が何を言いたいのかわからない。
こんなにわからないのは、初めてだった。
私の答えに何かを継ぎ足す訳でもなく、次の言葉を待つ訳でもなく、夏はただ黙って座っていた。
日に当たった鳥居の赤が、やけに気を引いて私はその形を眺めていた。
「あの神社に行ってみない?」
意識して言った言葉では無いのに、どうしてか素直な気持ちだったのを、発してから気付いた。
「ああ、いいよ」
その言葉に合わせて、二人とも腰を上げた。
サンダルのアスファルトを擦る音がとても心地よい。
「今夜、帰ろうか」
涼しさを越えて、ゾッとする声だった。
「いきなりどうして?」
私の焦った声が、境内に木霊する。
「もう何度目の僕だい?」
「わからない。確かに去年も一昨年も来てくれた」
「それは僕であって僕じゃないよ」
「夏は夏でしょ?」
「夏に見る僕は、僕だけれど僕の一端でしかなくて、君の見る夏の僕は、逢魔が時のマジックアワーと同じだよ」
意味がわからなかったけれど、何か幸せが無くなる気がして、居てもたってもいられなくなってしまった。
「ほら、見て?」
夏が私の横にピタッとくっ付いて、境内の石畳に映る影を指さした。
「君はラムネ瓶のエー玉」
「わからない」
「夏の入れ物に一つ残ったエー玉なんだ」
春が嫌い、秋が嫌い、冬が嫌い。
私が夏を好きになったのは、いつからだっただろう。
鯨が52Hzで話しているのを、知った時からだっただろうか?
入道雲が可愛いものだと、知った時からだっただろうか?
心臓の音が聞こえないと、知った時からだっただろうか?
私が私に「死んで」とお願いした時からだった、そんな気がした。
「お姉ちゃん。もうこんなに大きくなったよ」
夏が私を見透かす。
「いつも夏で待っててくれてありがとう」
夏が私を見透かす。
神社の何処か澄み切った空気が、私の喉を撫ぜてゆく。
さっきまで煩く泣いていた蝉の声が、徐々に小さくなってゆく。
風車の音が聞こえる。
乾いた音でカラカラ聞こえる。
クルクル廻って、私の心を綯い交ぜにした。
散り散りになっていた気持ちが、段々一つになるのを感じる。
「八日目の蟬って知ってる?」
ふと思い出した言葉が私の唇を動かした。
「八日目?七日で蝉は死んじゃうじゃない」
「だから八日目なの」
「行き過ぎたって事?」
「そう、生き過ぎたって事」
ナツはそう言った私を見て、眉根を落とした。
「ちゃんと帰れそう?」
「多分大丈夫だと思う」
「それなら良かった」
大きな蝉の声が境内に響き渡った。
声の方を見ると、騒がしい羽音をさせながら一匹の蝉が飛び立って、そのまま地面に落ちていった。
「そうだラムネをもう一度飲もう」
「うん、いいよ」
と、私は応えた。
あのコロコロとした、エー玉を、小学生の頃のように硬い何かで思いっきり、ぶつけて取り出して欲しいなんて、そんな可哀想な事は言えない。
だって取り出した後、まんぞくして忘れられるよりも、そのままにしてもらえた方が、私には嬉しいのだから。
ふと、私は思う。
八日目の蟬が最後に泣いたのは、ありがとうって叫びたかったからなのか、と。
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