オプス→稲キツネ 第二話完結 稲キツネ


 そんなあたしを見てショウは、頬を赤く染めながらそっぽを向き、とても小さな声で呟いた。




「……綺麗だ」




 その声は聞き取れない程の小ささであったが、それでもあたしの耳にはしっかりと、強く、響き渡った。




「あ、ありがとう…………」




 言いたいことはたくさんあるのに、その言葉を貰うためにお母さんの手を借りたのに……。いざ面と向かってそう言われると、恥ずかしくって何も言えないよ。




 長いようで短い沈黙の後、ショウがはっと我に返ったように歩き出した。




「……ほら、早く行くぞ。ここで立ち止まってても寒みーしな」


「あっ待ってよぉ!」




 さっきはショウからだった……だから、今度はあたしがやるんだ。


 あたしは無防備に垂れ下がったショウの左手を両手で掴んだ。




「なっおい、どうした?」


「寒いの苦手でしょ? だからあたしが暖めてあげるっ」


「ん……なら」




 ショウは厚めの左手袋を外し、ズボンのポケットへと雑に突っ込んだ。




「…………暖めてくれるんだろ?」


「――――――!」




 ぶっきらぼうに差し出された左手は、寒風に触れてぶるっと震えた。


 もしかすると、ショウもあたしの事を好きなのかも知れない。


 だって、あたしの晴れ姿に対してお褒めの言葉を貰ったし、現に裸な手を向けられてもいる。


 この期を絶対に逃したくない。


 あたしは手袋を外し、生身となった両手でショウの左手を包み込んだ




「暖かい……でしょ?」


「ああ……でもそれじゃユミが寒いだろ」


「そ、そんなことないよ」


「ほら、震えてるじゃねーか」




 そう言うと、ショウは自らのポケットから手袋を取り出し、あたしの左手に着けた。


 言葉ではそう言ってるけど、本当は手を繋ぎたくないんじゃ……。


 そんなあたしの不安を振り払うように、無防備な右手にショウの左手が絡んだ。




「え、ええ!?」


「なんだよ大きな声だして。イヤなのか?」




 昨日と同様、ぶすぅっとした顔でショウが問いかけてくる。だがその頬はほんのりと赤らんでおり、まるで本当の子供のように見えた。


 でも、それが私の心をもっと熱くさせた。




「い、嫌じゃないよ全然! この方がお互い暖かいしね!」


「ならいいけど」




 さっきから心臓の鼓動が早い。ショウに聞こえてしまいそうな程に大きく、小刻みに波打っているのが鮮明にわかる。


 冬なのにとても暖かい。


 この時間が永遠に続いてくれればいいのに…………




「なあユミ」




 初めて行く、二人っきりでの初詣。


 そして、手から伝わるショウの温もり。


 内に秘めたこの思い、今日言わずしていつ言うというのか。




「ユミってば」




 そうだ、神様へのお願いは告白の成就にしよう。


 そして、その後告白しよう。今の距離感を壊すことは何よりも怖いし、絶対に嫌だ。でも伝えずしてこのままチャンスを迎えられないのはもっと嫌だ!


 大丈夫、あたしなら出来る、出来るはず――――――




「ユミ!!」


「ふぇっ!? な、なに!?」


「また妄想ばっかりして……」


「ご、ごめん! それで、なんだったかな……?」


「いや……やっぱりなんでもねーよ。もう列が長くなってきてる、急ぐぞ」


「う、うん…………ごめんね」




 ショウはあたしの手を引き、早足で歩き始めた。


 着慣れない振り袖に上手く歩くことができず、なんども躓きかけ、その度にショウが歩くペースを落としてくれた。


 あたし、今迷惑ばかりかけちゃってる。


 さっきまで強気になって、妄想ばかりしていた自分を殴ってやりたい。これじゃショウは振り向いてくれないよ…………




「お、おいどうしたんだよ?」


「え…………」




 気づけば、あたしの目から涙が零れていた。




「あ、あれ、なんでだろ。涙が、溢れて、止まらないや……………」


「…………もしかして自分を責めてるのか?」


「あ、え、なんでわかるの…………?」


「そりゃ、今日だって少し遅刻して、俺が何度も呼び掛けてるのに気づかなくて。しまいにゃ早く歩くことも出来なくて」




 ショウの一言一言が心に氷となって突き刺さる。


 そんなことは自分でも痛いほどわかってる。わかってるけど…………




「ごめん……ごめんね…………!」




 まるで決壊したダムのように涙が止めどなく流れ落ちる。


 先行く人々の視線を受け、あたしは恥ずかしさも忘れてその場に泣き崩れた。




「でもな」




 これじゃ、またショウに迷惑がかかって――――




「俺はそんなお前が好きだ」


「え…………?」


「……二度は言わないから」




 聞き間違いだろうか。


 もし今のが嘘だとしても、あたしの妄想だったとしても、流れ落ちる涙を止めるには十分すぎる言葉だった。




「ほ、ほんとに?」


「二度は言わねえっつったろ。ほら、涙拭けよ」


「あ、ありがとっ……」




 ショウから受け取ったハンカチで涙を拭う。


 きっと、軽いメイクは落ちてしまっただろう。




「ねえ、今のあたし、どうかな…………」


「どうって…………さっきと同じだよ」


「ふふっ。そうなんだ。じゃああたしからも」




 あたしはショウに近づき、そっと頬に口づけをした。

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