#7 異世界より団子

 ねえ、聞いてよ。

 え? やーね。わたしが毎回毎回愚痴を言いに来ているみたいなこと言って。

 そんなことないわよ。愚痴を言うためだけに来てるわけないじゃない。

 あなたのことはいい友人だと思ってるんだからね。


 ええ? そんなに白々しく聞こえた? 耳かきでもしたほうがいいんじゃないの?

 わたしは魔女は魔女でも善良な魔女よ。さっきのだって、心からの言葉よ。ホントに。


 そう。ひと仕事終えたところよ。一杯飲んでちょっと酔ってみたい気分。

 ……これ、コーヒーじゃない。

 まあ、いいわ。今日は気分がいいもの。ツンデレなあなたの態度も楽しめるわ。


 ツンデレ?

 いつだったかの聖女様に教えてもらった言葉よ。意味は……え? 別に聞きたくないって顔ね。

 まあいいわ。ツンデレっていうのは、あなたみたいなひとのことを言うの。

 そうそう、ツンデレってひとくちに言っても色々と意味があって――。


 ……あら、わたしの話を聞く気になったの?

 ツンデレのご講釈はいいって? あらそう。


 いいじゃない。そんなにせかさなくったって。

 恋人でも来る予定があるのかしら? いったい、いつのまに?


 ……はいはい。からかうのはこれくらいにしといてあげるわよ。

 今日は気分がいいの。

 でもここに来たのは……ちょっとさびしかったからよ。


 ええ、そうよ。あの子、帰っちゃったの。

 なかなか楽しい子だったから、なんだか名残惜しいのよね。

 でもきっぱりさっぱり、元の世界に帰って行ったわ。

 別に、元の世界に帰る子なんてめずらしくもないのにね。


 王子たちもずいぶんと懐いていたから今ごろ寂しそうにしているのかしら?

 そうね。うわべはフレンドリーだけど、中身は気難しい王子たちが懐いちゃうくらい、あの子は楽しい子だったわよ。

 あの子の魅力を知っていたのは王子たちだけじゃなかったわ。

 貴族の中にもあの子に惹かれた子はけっこういたみたい。


 まず、食べっぷりがすごかったのよね。

 ううん。最初は遠慮していたけれど、結局一度フラフラになってからはたくさん食べるようになったのよ。

 そうね。あの子が食べている姿は不思議な魅力があったわね。

 豪快だけれど下品じゃない。それでいて、ものすっごーくおいしそうに食べるのよ。

 もう、幸福です! っていう顔をするの。

 そんな顔を見ていると、こっちはちょっと楽しくなっちゃう。

 なんとなくアレコレ食べさせてあげたくなっちゃうのよね。


 あの子はまだ若かったけれど、なんとなくお母さんみたいな雰囲気もあったわ。

 王子のひとりが体調を崩していたのを隠していたんだけれど、それにいち早く気づいたのもあの子だった。

 こっそり別室に呼び出して聖女の力で治してくれたんですって。

 まあプライドの高い王子だったから。いろいろと気を回してくれたみたい。


 それから末の王子が女中にいたずらしたとき。どうしたと思う?

 首根っこをつかまえて説教し出したのよ!

 そんなの、だれもしたことがなかったから、末の王子は目を白黒させていたわね。

 説教、っていってもわめき散らすんじゃなくて、ちゃんと言葉選びを考えて穏やかに、けど厳しく言い聞かせていたわ。

 末の王子は一度言い聞かせてやればわかってくれると思ったからそうしたんですって。

 じゃあ言うことを聞かないタイプだったらどうしていたの? って聞いたの。

 そしたら「お尻をペンペンしてました」ですって!

 ちょっと見てみたかったわ。あの末の王子、ホント今は生意気盛りだから。


 あの子のすごいところは、心配したり説教したりしても、なんだか押しつけがましくないところね。

 オーラというのかしら? そういう感じ。あと声音の扱いとかがなにかと上手いのよね。

 女中たちも最初は「聖女のひとり」くらいの認識だったけれど、一年も経てばみんななにかあったらあの子に相談に行くようになってたわ。


 そうそう。あの子は巡礼の道中もすごかったの!

 竜の丸焼きを食べたりして……。

 そう、丸焼き。小さなワイバーンだったけれど、竜は竜よね? それを丸ごと平らげてしまったのよ!

 いえ、お祝いの席で食べる地方もあるのは知ってるわ。

 でも異世界人の彼女がなんの抵抗もなくうれしそーに食べてたから、印象に残ってて。


 そうね。食べっぷりがいいのよね。

 だから護衛の騎士たちからも人気があったみたい。

 もうね、本当に楽しそうに、うれしそうにしてるから、見てるだけで明るい気分になれるのよ。

 これはちょっと一度見てみないと魅力はわからないかしらね。


 巡礼の旅を終えたあとは、元の世界に帰るまでグルメ行脚をしていたわ。

 わたし、そのときの話を聞くのが好きだったの。

 彼女の口にかかれば、平凡なメニューもすっごく魅力的に聞こえるんだもの。


 そういえば、ときには厨房に入って異世界の料理を披露してくれたんだけれど、どれも美味しかったわね。

 食べる才能だけじゃなくて、料理を作る才能もあるみたい。

 色んなひとの胃袋をつかんでいたわね。


 でも、帰っちゃったのよね。

 王子たちは残って欲しかったみたいだけれど。きっぱりはっきり断っていたわ。

 で、元の世界に帰る理由がまたね……ふふ。

「まだまだ元の世界でおいしいものを食べ切れていないから」ですって。

 あまりにも「らし」すぎて、みんな納得すると同時に笑ってしまったわ。


 ……そうね。あなたにも会わせてあげたかったわ。

 あの子はなかなか見ない、面白い聖女だったもの。

 そう、だから今はセンチメンタルな気分。

 元の世界に帰ってしまった子とは、もう二度と会えないでしょうからね。


 でも、あの子と会えてよかったわ。

 そう思える聖女に出会えたってだけで、貴重よ。


 ……え? 感傷的になりすぎ? そうかしら。

 でもたまにはいいじゃない。

 魔女にだって、だれかを惜しむ感情はあるのよ?


 あら、ワイン空けてくれるの?

 そう。聖女帰還のお祝いに。

 あなたってやっぱりツンデレよね。

 ……そんなからさまにイヤそうな顔して。


 あーはいはい。わかったわよ。もう言わないってば。

 だから一杯ちょうだいな。

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