#6 罪と罰と

 ねえ、聞いてよ。

 ああ、もう、ホント、やってらんない!

 一杯出してちょうだい!

 コーヒー? そんなもん飲んでられないわよ! ワインよワイン!


 ……ふう、ありがと。

 悪いけど、今日はなにがなんでもわたしの愚痴に付き合ってもらうわよ。

 え? ワインも出させたくせに図太いって言いたそうな顔ね?

 ええ、そうよ。わたしは魔女なの。ときには図太くなきゃやってられないこともあるわ!


 荒れてる? ……まあそうね、荒れてる自覚はあるわ。

 でも、今だけはゆるしてくれない? 吐き出したら、たぶんもどるから。


 ……観念したようね。

 じゃ、始めますか。


 聖女様の話はどこまで聞いてるの?

 ……そう、王子が心移りしたっていうところまで?

 ああ、それウソよウソ。まっかっかなウソよ!


 ええ、そうよ、ウソなのよ! それは!

 わたし、ビックリするどころか、今ははらわたが煮えくりかえっているわ!


 え? 違う違う。あの子のほうに怒ってるんじゃないのよ。

 そりゃあね、あの子だって善人とは言いがたいわよ。でも、それにしたって今回のことはあんまりだわ。

 あの子は踊らされてしまった。それを愚かと笑うのは簡単だけれど、わたしはまっっったく笑えないわ!


 そうよ、王子にその気はなかったの。あの子とあーんなに仲睦まじげだったのに!

 フタを開けてみれば婚約者とも未だにラブラブで、気がつけばあの子はみそっかす扱いに降格。

 どういうことよ?!


 ……まあね、危うくあの子は略奪女になるところだったからね、たしかに結果だけ見ればモトサヤに収まったのはいいかもしれないけれど。でも、ないわ、ないわよ。


 え? なんでこんなに怒っているのかわからない?

 ……それはねえ、まだ核心の部分をわたしが話していないから、わからないのも無理はないわね。


 諸悪の根源は王子よ。だって、王子からあの子を誘惑したんだもの。

 ……まあねえ、婚約者がいる相手だとわかっていて誘惑に屈してしまったほうも悪いわよ。それはわたしだってわかっているわ。

 でもね、王子は最初からあの子に興味なんてなかったの。

 じゃあ、なんでまるで気がある風を装って接していたんだと思う?


 火遊び? 違うわ。

 嫉妬させるためよ。

 王子は婚約者の令嬢に嫉妬して欲しくてあの子に恋愛遊戯を仕掛けたってわけ。

 ヒトに言わせればそんなのラブ・ゲームの範疇だって輩もいるだろうけれど、あの子はまだ子供って言ってもいい年齢なのよ?

 しかも見知らぬ土地に連れて来られたばかりの不安定な時期にそんなことされたら、心が傾いちゃうのも道理だわ。


 ……え?

 そりゃあね、あの子を擁護していると取られても仕方がないけれど、あの子はあの子で悪かったとはわたしも思っているわよ。

 婚約者がいるのにその気があるようなフリをして近づいてくる輩なんて、ロクでもないに決まってるって。わたしもあの子に忠告したわ。

 そうね。それでわかってくれたと思ったのよ。でも、結局あの子は自分から落ちてしまった。

 その結果がコレよ。


 婚約者はあの子にあからさまに嫉妬して王子はご満悦。

 だからもうあの子は必要ないんですって!

 あれだけ熱心に口説いていたのに、紙クズみたいに捨てたのよ。目論見通り婚約者が嫉妬してくれたからっていう理由で。

 さすがに王子の人格を疑うわ。

 他人を踏み台にして、感情を弄んで踏みにじって、なのに平然としていられるって、どうかしているわ。


 イヤなのはみんなそれを問題にしていないところよ!

 そりゃあね、あの子はそのままいけば略奪者になってたわ。倫理にもとる人間かもしれないけれど、けれどそれって王子も同罪でしょう?

 なのに周りは「王子と婚約者がモトサヤになったぞ、めでたしめでたし」で終わっているのよ。

 だーれも王子の悪い部分を指摘せず、臭いものにフタをして、あの子とのアレコレはなかったことにしているのよ。


 ええそうね。「なかったこと」にするのが最善の場合もあるでしょうね。

 でも、今回はそうじゃないと思うのよ、わたしは。


 たしかに王子の地位に逆らえる人間は多くないけれど、だからと言ってあの子のほうをいじめていいって理由にはならないでしょう?

 みんなに無視されて、女中からもいじめられて……。たしかにあの子も悪いわよ。でも、だからってしいたげていい理由にはならないでしょう?


 そうよ、わたしは王子がのうのうとしているのが一番許せないの。

 あの子が悪だと言うのなら、王子もそのぶん悪だと思うのよ。なのに、みんなそのことを忘れたフリをして、見なかったことにしてる。

 それが一番ムカムカするの。


 ……そうね。わたしにはあの子も王子も、あの子を虐げている人間も、裁く権利はないわ。神様でも、裁判官でもないもの。それはわかってる。でもだからこそ歯がゆいのよ。

 わたしだってよっぽど呪いでもかけてやろうかと思ったわよ。でも思いとどまったの!


 ……まあね。普通の魔女ならここでさっさと呪いをかけているんでしょうね。でもわたしは「こう」だから……。


 あら、そのワイン開けちゃうの?

 もしかして、気を使ってる?


 まあね、気を使わせているのはわたしよね……。

 ふふ、ありがと。

 吐き出したらちょっと楽になったわ。

 でも、それだけ飲んだら帰ることにするわ。

 ちょうど今、家にあの子がいるからね。あんまり家主が空けておいたら不安になるじゃない?

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