第30話

「だって料理とか掃除とか進んでやってるって事でしょ?」

「まあ、他にやる奴がいねえから」

「それでもすごいと思う」

「そうか?」

「うん」

力強く頷くと彼は嬉しそうに笑って

「ありがとう」

と、お礼の言葉を口にした。

なんでこのタイミングでお礼を言われるのかあたしは分からず

「えっ?」

困惑してしまった。

「どうした?」

「なんで、ありがとう?」

「なんでって……」

「……?」

彼は怪訝そうに黙り込んでしまった。

束の間の間流れた沈黙の時。


「……」

あたしはじっと彼を見つめていた。

彼がなにを言うのかそれを聞き逃さないように待っていた。

彼を見つめるのはこれが今日初めてだってことにあたしは気づいた。

それと同時に違和感を覚えた。


……あれ、なんか……。


だけどその時間はそんなに長くはなかった。

沈黙を破ったのはもちろん彼だった。

「……なんか嬉しかったから」

「えっ?」

「朱莉に褒めてもらえたことがなんかすげぇ嬉しかった」

彼はどこか照れくさそうに、だけどとても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


正直に言うとあたしは彼のことを褒めたという意識は全くなかった。

ただあたしは正直に思ったことを言っただけ。

それを彼は褒められたと受け取ってしまったらしい。


……これは誤解を解くべきだよね?

あたしはそう思ったけど、結局のところなにも言えなかった。


嬉しそうに破顔しているかれに

『別に褒めたわけじゃないよ』

なんて言えなかった。


照れを含んだような弾けんばかりの笑顔を見せる彼にそんなことが言えるはずはなかった。


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