第29話

いつの間にかその秘め事自体を私は忘れかけていたけど、彼が作ってくれたお弁当を見て鮮明に思い出すことができた。

あの頃の憧れがこんな形で叶うなんて夢にも思っていなかったけど……。


百鬼 大翔は神妙な顔をしていた。

なにかを考えているように見えなくもない。

黙ったままだった彼が

「こんな弁当で良かったらこれからいくらでも作ってやるよ」

ポツリと呟くように言った。

「俺が作ってやるよ」

私は今日、彼からの告白をお断りしようと思っていた。

だからこんな提案も丁重に辞退しないといけないはずなのに

「うん、ありがとう」

私は断るどころかそんなことを言ってしまっていた。

……っていうかこの時、私は告白を断らないといけないといういちばん大事な使命を完全に忘れてしまっていた。

「……あの」

「ん?」

「料理って結構するの?」

「そうだな。どっちかと言うと結構するかな」

「そうなんだ」

そうだよね。

これだけのお弁当が作れるんだからそれなりに料理はしてるよね。

私は妙に納得してしまった。

……まあ、ウチは俺が飯を作らないとヤバイから」

百鬼 大翔はそう言って笑っている。

「ヤバイってどういうこと?」

「ウチって親父がいないんだ」

「……えっ?」

彼の顔を見つめながら

……しまった。

私は心のどこかでそう思っていた。

これって聞いちゃいけないことだったんじゃないの?

誰でも他人に触れてほしくないことのひとつやふたつはある。

私は彼のその部分に触れてしまったんじゃないないだろうか。

そう考えると背中に冷たいものが流れるような感覚に襲われた。

だけど彼は私の心配を他所に至って普通の態度で表情にもなにひとつ変化はないように見える。

それでも私はまだ安心することはできずにいた。

「ウチの親父は俺が小学生の時に事故で亡くなったから、母親が親父の分まで働かないといけなくなって」

「うん」

「一応、姉ちゃんもいるんだけど、壊滅的に料理ができない人だから必然的に俺がやらないといけなくて」

「そうなんだ。大変だね」

「いや、そうでもない」

「えっ? そうなの?」

「ああ、料理とか掃除とかそんなに苦にならねぇし、しいて言えば洗濯はあんま好きじゃねえけどそれは姉ちゃんがやってくれるから」

「そうなんだ。すごいね」

「すごい? なにが?」

彼は不思議そうに首を傾げた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る