第23話

彼は大きな声で私の名前を呼んだ。

だけど苗字ではなく名前だったのでクラスメイト達は誰のことか分からなかったらしく、困惑したようにキョロキョロと視線を至る所に彷徨わせている。

幸か不幸か、このクラスに私の名前を知っている人はまだ誰もいない。

それもそのはず私の名前を知っているような仲の良い人はまだ誰もいないのだから。

私の名前を知っている人はいないけれど、彼の視線がずっと私の方に向けられているからクラスメイト達は彼が誰を呼んでいるのか次第に気付いたらしく、徐々にその視線が私に集まってくる。

みんなに注目されていることに私は気付いていた。

気付いていたけど予想外の状況に身体が全く動いてくれなかった。


そんな私に前の席の女子が振り返って

「呼んでるんじゃない?」

そう言ってきた。


その口調は彼が呼んでいるのは私だって断定しているように聞こえた。

……どうして私を呼んでるって分かったんだろう? 

喉まで出掛かった言葉を私は飲み込んだ。


おそらく彼女も彼の視線で私だと思ったんだろう。

そう勝手に判断したからだった。


「う……うん」

クラスメイトが話しかけてくれたというのに返すことができず、私はなんとか頷くだけで精一杯だった。

私がそんな反応しかできなかったから彼女は、それ以上なにも言わずにまた正面に向き直ってしまった。

その背中を見つめながら私は自分の失敗を心底悔やんだ。


「朱莉」

彼がまた私の名前を呼ぶ。

その声に私は現実に引き戻された。


「おい、百鬼」

咎めるような先生の声に彼は私に向けていた視線をそちらへと向けた。

「なに?」

「わざわざ他所のクラスに来てなにをやってるんだ?」

「別に。てか、もう授業は終ってるんだろ?」

先生に臆することもなく答える彼。

そんな彼に私の方がヒヤヒヤしていた。


授業は終わってるんだから問題はなにもないだろ。

彼はそう言いたげな表情で先生をまっすぐに見据えている。


彼の言葉は正論だったので先生は何も言い返せなかったらしく、それ以上なにも言わず、さっさと教室を出て行ってしまった。

私やクラスメイト達は唖然とそのやり取りを見つめていた。


先生が教室から出て行くと彼は再び私に視線を戻した。

彼を見つめていた私と、私に視線を向けた彼。

必然的に視線がぶつかるように重なった。


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