第3話『大聖院』


 もみじ歩道を出て滝小路を上って行く。少し歩けば右手に大聖院の仁王門が見えて来る。


 大聖院(正式には多喜山大聖院水精寺)は真言宗御室派しんごんしゅうおむろはの大本山であり、伝承によれば八〇六年に弘法大師・空海が開いたとされる宮島最古の寺院である。最近ではよく宮島内の隠れパワースポットの一つとして紹介され人気を博している。


 大聖院の山門であるこの仁王門。落ち着いた雰囲気の素木造りではあるが随所に意匠を凝らした彫刻が見られ荘厳さを醸し出している。門の両脇から阿形・吽形の二体の仁王様が険しい表情で睨みつけてくる。

 その門の向こう側には中央に摩尼車の設置された長い石段が見える。


 私はレンズを55㎜に変更して門全体が入る様にカメラを構えた。絞りF16シャッタースピード1/8でシャッターを押す。

 その後レンズを80㎜にして両方の仁王像を撮影した。


 門を潜る。長い石段の左右には昇り旗が設置されている。そこへ覆いかぶさるように色付いたもみじが植えられている。

 私はレンズを55㎜に戻し、カメラにプリズムファインダーを付け縦位置にして、絞りF16シャッタースピード1/15でシャッターを押した。

 どうやら今、上では〝もみじ祭り〟をやっている様だ。沢山の観光客が階段を上っている。


「もう写真撮ったのか。だったら、とっとと上にお参りに行こうぜ」

 妙にテンションの高いクロノが語り掛けて来る。


「人が多いから踏まれないように気を付けろよ」

「ふん、誰に物を言ってるんだよ。俺様は大丈夫だ」


 クロノはそう言い残すと、石段を上る観光客の隙間を縫う様に走り一気に駆け上って行った。

 私は石段の中央に設置された摩尼車を一つづつ右手で回しながらゆっくりと上った。


 石段の左下にはお地蔵さんの様に並んだ五百羅漢像が設置されているのが見下ろせる。そして石段の途中には重要文化財に指定されている不動明王座像が祀られている霊宝館。願いを込めて壺に投げるねがい玉のある鐘楼がある。

 それらを通り過ぎやっとの事で石段上の御成門に辿り着く。振り返れば遠くの海に大鳥居が見下ろせる。


 境内にはどこからか心落ち着くお香の香りが漂い、右手の観音堂の方からはお坊さんの唱えるお経が聞こえて来る。外国人の観光客も多い様だ。


 私は境内を見回した。

 クロノは休憩所のベンチの上で誰に貰ったのか串肉を頬張っていた。


「よお、遅かったな」クロノが声を掛けて来る。

「機材が重いんだ……。それ、誰に貰ったんだ」

「さっきそこに居た女の子がくれたぞ」

「そっか」

 そのままクロノは串肉に齧り付き、それを見る間に平らげた。そして口で串を咥え頭を振って器用にゴミ箱へと放り込んだ。


「さて、込み合ってくる前に見て回るとするか」

「そうだね」


 クロノに先導されて先ずは目の前の観音堂へ。

 ここには行基作と伝えられる十一面観音菩薩像が安置されている。靴を脱いで上がれば、その他にも仏像や曼陀羅図などが飾られており色々見て回る事も出来る。特に暗い中を歩き自分の罪と向き合うとされる〝戒壇めぐり〟は、一見の価値がある。だが……今日は観光客が大勢いるので諦めてお賽銭を入れ、手だけ合わせて置く。合掌……。


「なあ知ってるか、ここの十一面観音菩薩は明治時代まで厳島神社の御本地仏だったんだぞ」

「え? そうなのか。でもなぜ神社に仏像が……」

「江戸時代頃までは神仏習合しんぶつしゅうごうと言って、日本の神様を仏様になぞらえて祀ってたんだ。いわゆる権現ごんげんというやつだな。それで明治時代の神仏分離でここに安置されたんだ」

「へー、良く知ってるね」

「ふふん、常識だ」


 私はカメラを取り出しレンズを35㎜に換えた。マミヤセコールC 35mmF3.5N、35㎜フィルムだと22㎜のレンズに相当する。

 建物全体が入る様に後ろに下がりパースを合わせて撮影する。


「よし、次だ」お次はすぐ近くにある勅願堂ちょくがんどうへ行く様だ。

 勅願堂は鳥羽天皇の勅願道場として建設されたと言われるお堂で、本来はこちらが大聖院の本堂である。堂内の中心には本尊の波切不動明王が据えられ、その周囲を取り囲むように多くの仏像が置かれている。


 私は三脚を肩から下ろしカメラを取り付けた。そしてお堂の中へ上がりこ込む。

 室内の照明は暗く厳かな雰囲気を纏っている。手を合わせてから壁際に並ぶ仏像へとカメラを向けた。

 レンズを55㎜に換え奥の方へと振って並んでいる仏像を撮る。適正露出はEV3~EV4。

 雰囲気を出す為にややアンダーにして絞りF5.6シャッタースピード1秒にセットする。レリーズを取り付けシャッターを切る。

 〝カシャッ〟静かなお堂に乾いたシャッター音が響く。同じ様にして堂内の写真を撮って行く。

 最後にもう一度御本尊に手を合わせ外へ出た。


「よし次は大師堂だ」先に出て退屈そうに階段の脇で待っていたクロノが駆け出した。

 クロノについて行き勅願堂の裏手に回る。

 丁度この周囲に植えられている紅葉が綺麗に色付いていた。

 素朴で質素な和式の寺院に、鮮やかな赤色の紅葉が良く映える。

 大師堂の前から海の方角にカメラを向けた。紅葉の樹々越しの遠景に海を渡るフェリーが見える。EV14・絞りF11・シャッタースピード1/125でシャッターを切る。空がとても青い。穏やかでのどかな風景を切り取った。



 この大師堂は弘法大師〝空海〟を祀るお堂である。さらにここの裏手には空海の幼少期を指す稚児大師や一つだけ願いが叶うという一願大師、お堂の下には四国八十八カ所のお遍路参りをしたのと同じ功徳を得る編照窟などがある。

 私はクロノと共に写真を撮りながらお参りした。


「美宏は一願大師に何をお願いしたんだ」

「うん、幸せになれますようにだよ」

「何だ、ありきたりだな。もっと面白い事お願いしろよ」

「そう言うクロノは何をお願いしたんだい」

「俺様は日々楽しく暮らしてるからな、何もお願いしていないぞ」



 ここからクロノについて行き阿弥陀堂から水掛地蔵。そして魔尼殿へと降りていく。

 苔むした台座に物憂げな表情のお地蔵様、そこへ紅葉の葉が紅を差す。カメラを向けてシャッターを押す。


 摩尼殿まにでんには弥山の三鬼大権現が祀られている。三鬼とは弥山に住むとされる鬼の神様で、『福徳』を司る追帳鬼神ついちょうきしん(大日如来)、『知恵』を司る時眉鬼神じびきしん(虚空蔵菩薩)、『降伏』を司る魔羅鬼神まらきしん(不動明王)の事を言い家内安全と商売繁盛に御利益がある。あまり知られていないが二階に上がらせてもらい参拝する事も出来る。


 私はお堂の前で手を合わしお参りした。

 そして階段のところから周囲の紅葉越しに魔尼殿を撮影する。


 その時、小脇に座るクロノがぽつりと意味深げにつぶやいた……。

「なるほどね、やっとわかってきた。本当のお前はそのカメラの向こうにしか居ないって事なんだな……」





 〇パースを合わす:高いビルなどを撮影する時に下から見上げると上の方が小さく見えるのをパースペクティブ(遠近感)を付けると言います。建物などを撮影する際にカメラの高さを画面の中心にして撮影する事で上をすぼませないように撮る事をパースを合わして撮ると言います。


 〇アンダーで撮る:仕上がりが適正露出より暗くなるように撮影する事です。逆に明るく撮る場合はオーバーに撮ると言います。

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