第55話 愛は「重力」を感じる。その④


     55.


 牛谷うしたにグレイの『レイン・レイン・ゴーアウェイ』を回避する。

『重力』を制御できる宇井うい千枝ちえの『トランプルド・アンダーフット』は相性がいい。

 だが。

 それは盲点にもなる。

『教室』に自動車と共に落下した宇井うい添石そうせきは、地上でのやり取りを聞きながら、何も言わずに『能力』――『カスタードパイ』を使用した。

 出現した刃物によって、自動車は串刺しになる。

 既に出火しているところにガソリンやら何やらが引火して、そのまま爆発した。

『教室』中が火炎に包まれて、『隙間』から獄炎が噴き出す。

 その『隙間』は、宇井千枝の足元に開いたばかりの『隙間』だった。


 真上にいた宇井千枝を、炎が襲った。


「ああああああああああああああああああああああああ――」

 全身が炎上する。

 皮膚が焼け、水分が蒸発していく。

 眼球が渇いて、髪が延焼していく。

「――あああああああああああああああああああああ! ぐっうっっ、あああああ――あああああ!」

 千枝は絶叫する。

「ああああああああああ! ああああああああああああああ! ぐっ――あ、あああああああああ――『トランプルド・アンダーフット』!」

 炎の動きに変化があった。

 身体を覆っていた炎が、めらめらと燃え盛る炎の動きが――少しずつ大人しくなっていく。

「く――ほ、炎の燃焼には、『酸素』が必要となる――私は、今、その『酸素』を、周囲から奪った」

 宇井千枝の身体を覆っていた炎が、離れていく。

 周囲に出現させた『ブラックホール』に集まっていく。酸素だけではなく、あらゆるものを吸い込んでいく。

 炎は蜷局を巻いたようにして、そこに集まっていく。

「……うう、牛谷、グレイ」

 ゆらゆらと、車道のほうによっていく千枝。

「今回は『私の負け』だ。完膚なきまでに、私の負けだ。きみの、いいや、きみと兄貴の『勝ち』だ……」

 炎が落ち着いていく。

 見えている皮膚は爛れている。

「私『たち』にとって、『勝ち負け』は問題ではない。些細な勝ち負けは重要ではない。私たちにとって必要なのは、この『宇宙人』の回収なのだから」

 その宣言と、同時だった。

 車道を走っていた黒いワンボックスが、道路脇に急停車した。

 スモークが施されている黒いワンボックスだ。

「それじゃあ、――Nice to meet you」

 ワンボックスの後部座席に跳び込んだ。

 後部座席の扉は閉められて、再び発進する。

「はあっ、はあっ……」

 牛谷は、炎が噴き出ていた『隙間』のほうに向かう。

 炎は既に収まっているが……。

「う、うう…………うう……うああああああああああああああああ! ああああああああああ――救急車! 誰か! 救急車を!」

 牛谷グレイが見たのは、真っ黒に焦げ焼けた乗用車と、それと床に挟まれている宇井添石だった。

 彼女は気づいていないが、このとき、宇井添石は心肺停止の状態である。


 勝ち負けどころの問題ではなかった。

 宇井千枝には逃げられ、『宇宙人』は奪われて、宇井添石が心肺停止の状態。

 確かに牛谷グレイは生き残ったが、それ以上に受けた被害が大きかった。


(畜生……)

(くそ、くそ!)

 牛谷グレイは、憤慨する。

 あまり、こんな感情任せに方針を決めるのは好まないが――それでも、これをきっかけとして、牛谷グレイは『宇井千枝』の『先に存在するもの』に対して敵意を向ける。





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