第七章『リトル・ピーターラビット』

第56話 リトル・ピーターラビット その①


     056.


 四月十七日、金曜日。

 その日の授業もひと通り終わった放課後。一年A組の教室にいる響木ひびき寧々ねねは考える。

 この日、一日は響木寧々を狙った『マザーグース』による攻撃もなかった。『行方不明』を調査するべく学校を休んでいる星井ほしい小春こはる卯月うづき希太郎きたろうとも連絡は定期的に取っていたが、そちらのほうでも『マザーグース』による攻撃はないようだった。


(お昼過ぎから連絡がつかないのはどうにも懸念材料だけど……)

 もしかしたら『行方不明』のほうの調査中に何かがあったのかもしれない。

 これに関しては、どのみち合流してからだ。

(『マザーグース』による騒ぎはなくとも、学校内で騒ぎが起きた)

 学校に営業マンを装って侵入し、生徒を攻撃した。いち早く気づいた教員らによって取り押さえようと試みたものの、姿、未だに消息は不明。

 駆けつけてきた警察らによる校内や、学校の敷地内、更には教員関係者及び来客が使用する駐車場などを調査しているが、芳しい結果は出ていない。

(……直接見たわけではないが、話を聞いている限りは宇井うい添石そうせきによるものだろう)

 襲撃を受けた生徒は、茄子原なすはらあやだという。

 昨日のことからして、宇井添石で間違いない。

(『宇宙人』のことを探るために『やってきた』とみるべきだろう)

 五條病院で奪われた『宇宙人』の行方に関する情報は、茄子原綾で途絶えている。

 多少強引ではあるが、茄子原を脅して口を割らせようとしたのかもしれない。あるいは、『宇宙人』に関係しているであろう『マザーグース』の全滅を企んだのかもしれない。

 どちらにしても、宇井添石の『能力』――『カスタードパイ』ならば可能だったはずだ。

 茄子原が襲撃されたとき、複数人の生徒が彼女を守ったのだという。

『カスタードパイ』ならば――宇井添石ならば、その周りの人間を全員殺すことくらいは可能だったはずだ。

 なのに。

 それをしなかった。

(それは私と初めて出会ったとき――)

(京都毒ガス事件のときとは立場が違うからか)

 あのときの宇井ならば、やっていただろう。

 今の立場があるからか、あるいは随分と丸くなったのか。

(正面から直接、茄子原綾に接触を試みたのは実に『らしい』と思うけど)

(同時に『急いている』というふうにも見える)

 茄子原綾という人物は、五條市民病院から『宇宙人』の回収を任せられていたほどだ。

 入江聖、沼野成都、日根尚美、漆川羊歯子らとは違う。

 重要な責務を与えられるほどの立場にいる。

 ならば、茄子原は『マザーグース』の『奥』に触れるきっかけになるかもしれない。


「……ひとりで考えるのも、この辺りが限界かな」

 卯月や星井がいれば違うのだろうけど、響木としてはこの辺りが限界だ。

 学校は、普段以上に伽藍としている。

 不審者が出た関係で部活動は中止である。先生らは生徒へ早々と下校するように促している。

『もう帰ります』と繰り返して、教室に居残っている響木だが、そろそろ限界だろう。

 教室の時計を見ると、十六時を過ぎた辺りだ。

 卯月と星井のふたりとは、十七時にこの学校で合流することになっている。

 状況を説明するメールだけは送ってあるが、返事はない。とはいえ、あと一時間も何もせずに過ごすわけにもいかない。

「一度、茄子原って人と話をしてみようかな」

 保健室に運ばれたという話は聞いた。

 ならば、一度保健室に行ってみよう。





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