第26話 子供の情景(トロイメライ) その①


     26.


「私が病院に行くわ」

 五條市民病院三階にて騒ぎが起き始めた頃のことだった。

 病院の駐輪場にいる沼野ぬまの成都せいとは言った。同じように自転車に跨っている入江いりえと、電話の向こうにいる日根ひね尚美なおみ

「学校では私のミスで取り逃がしちゃったようなものだし、先に私が行く」

『わかった。私ももうすぐそっちに到着する』

 日根尚美は言う。

『でも、くれぐれも間違えないでね。卯月うづきくんらに加担するのではなく、漆川うるしかわの邪魔をしてほしい。漆川が病院内に這入ってしばらく経つし……ひょっとしたら既に「能力」を使っているかもしれない。だから何よりも自分の身を最優先に』

「了解」

 漆川うるしかわ羊歯子しだこの邪魔をして、しっかりと卯月らに攻撃を仕掛ける。

 そのためには、まずは病院内に潜り込まないといけない。日根班は、入江以外に『能力』を持つ人物はいない。だから入江の『能力』による攻撃の成功率を上げなければならない。

 美章園びしょうえんとどりのときは失敗した。

 卯月うづき希太郎きたろうのときも失敗した。

 二度に続く失敗に、愛想を尽かした『マザーグース』は、日根班を統括する樫山かしやまグループからではなく、そもそもの『美章園とどりを黙らせろ』と提案してきた鎮岩とこなべグループの人間を出動させた。

 樫山グループ、樫山かしやま加治姫かじきがどのように現状を捉えているのかわからないが、『マザーグース』に所属する班のひとつとしては、かなり肩身の狭い状況だ。鎮岩グループとの亀裂はどうであれ生じかねないが、ふたつの失敗をまとめて取り返したともなれば、評価も変わってくるはずだ。

(それに……)

(さっきのは私が油断していたから失敗したみたいなものだ)

 沼野は入り口から病院内に這入った。

 面会終了時間を目前にした平日だ。随分と病院内は人が少ない。……が。その割には何やら騒がしい。

 病院のエントランスでは、看護師や事務員が何やら話をして、慌てている。

「……もしもし、日根先輩」

 スマートフォンを取り出して電話をする。

『マナーを守ってご利用ください』と書かれている貼り紙を、まるで気にした様子もなく電話をする沼野。

「病院内で、騒ぎが起きています」

『考えられるとすれば、やはり漆川羊歯子の「能力」ね』

「ですよね」

 エレベータホールに着いたが、エレベータを使って移動するのは危険だろう。扉が開いた先に『ゾンビ』化した人間がいたら襲いかかられてしまう。

 ならば、階段を使うべきだろう。

 そのとき、『チーン』という音と同時にエレベータが開いた。

 エレベータの中にいた『ゾンビ』が、飛びかかってきた。

「う――うわああああっ!」

 看護師の『ゾンビ』だ。

 押し倒されて、床に横転する。

「ああ……っ、ああああ!」

 鼻血が垂れている。

 突き飛ばして、立ち上がろうとする。足を掴まれて、床に横転する。

(おかしい! 動きがおかしい!)

(これじゃ、!)

 以前に学校内で起きた騒ぎでは、『ゾンビ』はゾンビらしく徘徊するだけだった。ふらふらと。なのに、、正確に狙ってきている。

(そうか!)

(そういうことか!)

 横転してもなお、死守するように握っていたスマートフォンに向かって言う。

 このまま、漆川羊歯子の『能力』で――『血に触れて感染する前』に、電話の向こうに言う。

「わかった! 漆川羊歯子の居場所は――!」





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