第25話 襲撃者がやってくる。その④


     25.


 三〇一号室、美章園びしょうえんとどりのいる病室。

 扉を叩くような、扉に体当たりをするような音が聞こえた。

「…………?」

 四人は怪訝に思い、身構える。

 扉を無理矢理に開けて飛び込んできたのは看護師だった。二十代くらいの若い看護師である。ふらふらとした足取りで、まるで糸操り人形のようだ。

 呻き声のようなものがわずかながら聞こえてくる。

「な、なに…………?」

 美章園の漏らした言葉に反応して、看護師はこちらを向いた。

 目は虚ろで、焦点が合っていない。口も開きっぱなしで、唾液が垂れている。

 指先には血が付着している。

 呻き声をあげながら、こちらに向かってきた。


 ところで、響木ひびきは足払いをした。


 バランスを崩した看護師は転倒し、病室にある棚に顔面を強打。床に這いつくばっている。鼻血を垂らしながら、こちらに這ってくる。

「みんな……こっちに」

 響木の誘導に、星井ほしい卯月うづき、美章園が応じる。

 四人は三〇一号室を出た。

 廊下に出て、絶句した。

「…………っ」

 病室と同じような光景が周囲には広がっていた。

 さっきの看護師のように呻き声をあげながら、ふらふらと歩いている看護師に医師に患者、更には見舞客もいる。

 めちゃくちゃになっている。


「まるで、映画で見る『ゾンビ』ね」


 星井は言う。

「美章園先輩、何か心当たりはないんですか、こういう『能力』を使う奴に」

「……あるとすれば、漆川うるしがわ羊歯子しだこね」

 返事が早かった。

「どういう人なんですか? その人は……」

「私は直接知らない……それは『能力』もなんだけど、去年の年末に学校でこれに似た出来事が起きて……そのときに『羊歯子』って子の話を少し聞いたのよ。『あんなことができるのは羊歯子に違いない』って」

「……だとすれば、随分と無差別的な『能力』の近い方ね」

 苛立つように響木は言う。

「私たちだけを狙っている割には、かなりの人数を巻き込み過ぎだ」

「ひとまずは安全な場所を探しましょう――」

 周囲では、『ゾンビ』みたいになった人が、そうではない人に飛びかかっている。映画のように噛みついたり引っ掻いたりする様子はないが、飛びかかられた人は力尽きたようになったかと思うと、ふらりと立ち上がって、まるで『ゾンビ』のような動きになった。

「かなりの大惨事だけど……、こいつらはあくまでふらふらしているだけ、それなら逃げ切れる」

「いえ、星井さん。よく見てください」

 卯月は言う。

「なんだかこの周辺に集まってきていませんか?」

 隙間がないわけではない。だけど、『ゾンビ』化した人間が次第に増えてきている。

「ぎゃああああああああっ!」

 真後ろで叫び声が聞こえた。

 美章園とどりが、三〇一号室から出てきた看護師に抱き着かれた。

 叫び声に反応して、周囲の『ゾンビ』は動いてくる。

「た、助けっ……助けてええええええええ!」

「美章園さん!」

 咄嗟に駆け寄ろうとした卯月だが、その手を掴まれた。

 星井と響木だ。

「…………っ」

 無言で、ふたりに手を引かれる形で、その場を離れていく。

 近づいてくる『ゾンビ』らのあいだとあいだを縫うようにして離れて、ナースステーションに飛び込んだ。

 ギリギリまで叫んでいた美章園の声は聞こえなくなって、周囲にいる『ゾンビ』らと同じように、起き上がった。





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