第27話 子供の情景(トロイメライ) その②


     27.


「動きがおかしい」

 ナースステーションに潜んで、物陰から『ゾンビ』の動きを見ながら卯月うづきは言った。

「さっき、廊下にいるときは僕らを正確に狙って攻撃してきていた。なのに、ナースステーションにまでは近寄ってくるけど、そこからはふらふらと徘徊しているだけだ……」

「なんだか、あの虫たちと動きが似ているよね」

 星井ほしいは言う。

「こっちが物音を立てれば、それに反応して近寄ってくるけど、精度は決して高くない。だというのに私たちが廊下にいるときは、。……寧々ねねちゃんが、あの虫たちを操る人物、ええっと」

入江いりえひじりのこと?」

「そう、入江先輩。その『能力』と交戦したとき、ムカデとスズメバチは正確に寧々ちゃんを狙ってきたんだよね?」

「……そうだけど、どうして入江聖の話を今するの?」

「なんとなく、『能力』の系統がと思ったからよ」

 美章園びしょうえんやほかの看護師や患者が『感染』している様子を見ていると、どうやら血を介して感染していると見て間違いない。問題はその『感染後』が、どれほどまで漆川うるしかわ羊歯子しだこの配下にあるのかという点だ。

 スズメバチたちは、ほとんど生物としての習性で自動的であったが、もしも、この『ゾンビ』たちが漆川羊歯子の配下であり、傀儡かいらいであるとするならば……。

「考えられることは、ひとつ……あります」

 卯月は言う。

「さっきまで僕らを追跡できていて、僕らが物陰に隠れたら追跡できなくなったのは、おかしい……。あの『ゾンビ』たちがすべて、漆川羊歯子という人物の目の代わりになっているのだとしても、おかしい……。それならラジコンみたいに、直接見て、操って指示を出していると考えるのが妥当だと思うんです」

「このどこか、廊下のどこかにいるということ? あの『ゾンビ』たちのふりをして紛れ込んでいると」

「いいえ」

 卯月は答える。

「見えるのなら指示を出せる。だとすれば、『あれ』じゃないですか?」

 響木ひびきと星井の視線は、廊下の天井に向く。

 そこにあるのは監視カメラだ。

「監視カメラの映像は警備員室で一括管理されているはずです」


 そして。

 これに気づいたのは卯月らだけではなかった。

 沼野ぬまの成都せいとも、エレベータ前で、そのことを電話越しに伝えることに成功はした。

『沼野ちゃん? 沼野ちゃん?』

 床に転がっているスマートフォンからはわずかに音声が聞こえる。

 だが、それは沼野には届いていない。

 目の焦点は合っておらず、口から漏れるのは呻き声のような呼吸音。つまりは感染した。『ゾンビ』化したのだった。

 物音のするほうに、話し声がするほうに、と。

 うろうろと、歩く沼野成都。

 徘徊した末にエスカレータ付近にまでやってきた。

 そんな沼野のほうに、歩いてくる『人物』がいる。

『その人物』は沼野とそれほど年齢が変わらない外見、つまりは高校生くらいの女子で、沼野と同じ制服を着用している。

「…………」

 と。

 この騒動を意に返さず、堂々とエスカレータのほうにやってくる。『ゾンビ』としての習性として、沼野は『その人物』に飛びかかった。

 が。

 彼女の腹部を、杭のようなものが貫いた。

 飛びかかる寸前のことだった。

 反動で床に倒れるが、身体をなんとか動かそうとする。

「びゅぅうう……、びゅぅうう……」

 呼吸に混じって、血が口から噴き出すが、もう既に『その人物』はエスカレータを登って行っている。

『ゾンビ』化とは言っているものの、別に死体になっているわけではない。

 あくまで、いわゆる『ゾンビ』みたいな行動を取るから、『ゾンビ』化と呼んでいるだけである。故に、生きている。

 不死になったわけではない沼野。

 床を這っていた沼野は、やがて静かに動かなくなった。





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