第10話 スズメバチに要注意 その①
10.
「ねえ、
無言で考えている卯月に、
ふたりがいる教室は家庭科室である。
窓から少し離れた位置で、スズメバチの様子を伺っている。
「あ、はい。なんでしょうか?」
「同級生じゃない。そんなにかしこまらないでよ。このスズメバチ……ひたすら窓に体当たりをしていて、自然じゃない」
響木は言う。
「たぶん、何かしらの『能力』が関わっている……」
「『能力』……ですか」
「といっても、コントロールするような精密な『能力』であるとは思えない。『ターゲット』を絞って行動させるようにしているのか、あるいはスズメバチの習性そのものを利用しているかまではわからない」
「何か、心当たりがあるんですか?」
「『能力』について? それはないよ。でも、スズメバチの習性とならば、少し心当たりがある」
響木は言う。
「スズメバチは毒針で刺す以外に、フェロモンを噴出するのよ。ほかのスズメバチたちを呼び寄せる警報フェロモン。卯月くんの肩にいたスズメバチが出したフェロモンに誘き寄せられて、寄ってきた。そう考えられるわね。あの肩にいたスズメバチに関して、何か心当たりないの?」
「心当たりですか……」
心当たりはある。
警告のようなものだと思っていたが、あれは警告ではなく、ただの宣言だったとするならば……。もし、何かしらの『能力』を使われて、スズメバチにこうして狙われているのだとすれば、日根尚美しかあるまい。
(ただ……)
(この響木寧々という人物を、信用していいものなのだろうか)
助けてくれたのは事実で、一緒に考えてくれているから、こちらの味方をしているようにも見えるが……そう見えているだけかもしれない。
『マザーグース』という仲良しグループの正体は知れない。
規模も人数も、正体不明である。
そこに所属していた美章園とどりは、何かしら『マザーグース』にとって不利益な行動を取った。故に、『始末』されそうになった。
(それは僕が助けたことで未遂に終わってしまったわけだが、『マザーグース』らは、この発見した際に『何かしら』の情報、あるいは証拠を、僕が得たかもしれないと考えている)
下校中の日根尚美が発言からするに、恐らくそうだろう。
これを、『マザーグース』は『よし』としない。
だから、日根尚美が動いた。
(だとすれば……スズメバチの仕掛けをしたのは、日根尚美ということになる)
この日根尚美による『攻撃』から、
響木寧々が『マザーグース』に所属していて、日根の仲間であるとは考えにくい。
それでも、響木寧々が『マザーグース』に属していない人間であるとは言い切れない。
(…………確かめる必要がある)
(どのみち、響木さんが『マザーグース』に所属する人間だったら僕はどうすることもできない)
この状況を打開する方法はない。
ならば、『敵ではない』という可能性を前提にするしかない。
(でも、まだ……)
(『マザーグース』の名前は出さないほうがいいだろう)
もし、響木が『マザーグース』を知っていて、関わりたくないと思っていたら、このまま見放されるかもしれない。
巻き込んでしまうようで、少しばかり申しわけないが……やむを得ない。
「何か、思い当たることあった?」
響木は訊ねる。
「たとえば誰か近づいてくるとかなかった? そのときに『能力』で大人しくさせたスズメバチをきみの服につけたとか、鞄の中に潜ませたって考えられない?」
「そのタイミングなら……あったかもしれないです。タイミングがあるとすれば、さっきすれ違った上級生だと思います」
ぼんやりとした告げ方をする。
「上級生? どんな?」
「スカーフの色が青色だったくらいしか……」
「じゃあ三年生かしらね。そのときつけられたのかもね」
窓の外には、少しずつスズメバチが増えてきている。さっきまでは三匹くらいだったのに、いつの間にか五匹にまで増えている。
「たぶんこの『能力』は『虫を操る能力』……、ただ『能力』にしたって、このスズメバチがいったいどこから来ているのやら……。『能力』を止めさせないと、一生追跡してくるでしょうね。あるいは、このスズメバチを駆除しないことには」
「駆除ですか……」
「あくまで手段のひとつね。それでもいたちごっこでしょうね。スズメバチが駄目なら次の虫を用意してくるでしょうね。……卯月くんは今日、着替えとか持ってきている?」
「え? どうしてですか?」
「フェロモンがどういう仕組みなのか私は詳しくないけど、その制服……強いては卯月くんを全部洗ってしまえば、このスズメバチたちは追跡できないんじゃない?」
「着替えは……ないですね」
「それじゃあ却下ね。まあ、持ってきていたとしても、下手にここを動くのは危ないわね。あくまでここにいるからスズメバチたちと私たちのあいだに窓ガラスがあって阻んでくれているけど、もし移動してしまえば、スズメバチたちの動きも変わってくるだろうし……」
仕方ない、と。
ぐっと背伸びをする響木。
「根城を直接叩くしかないわね」
「それって、スズメバチの巣を、ですか?」
「そう、その通り。駆除するのよ」
「確か、体育館裏にスズメバチの巣があるって、聞いたことがあります」
あれは確か、
「ふうん。それじゃあそこから来ているんでしょうね。それでもって、スズメバチに『能力』を使っている奴も、きっとそこにいる」
「え、でも……僕とすれ違った人は、帰っていきましたよ」
「…………」
しまった。これは言わないほうがよかった。
すれ違った上級生が日根尚美であることを――『マザーグース』の関係者であるということを隠したい今、『偶然すれ違った人に仕掛け』を
そんな偶然すれ違っただけの相手のことを、鮮明に憶えているのは、いささか不自然だ。
「…………ふうん」
含みのある頷き方をしてから響木はこう続けた。
「なるほどね。それじゃあ、誰か仲間がいるかもしれないわね」
立ち上がって、家庭科室の扉を開けて廊下に出た。
「ちょっと私が見てくるから、卯月くんはここにいて」
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