激闘の七日目-4
ヴァルハラとシルヴェーヌさんの戦いが始まった。とはいっても最初から激しい戦いと言う訳ではなく、静かな立ち上がりと言った所だ。
もしかしたら最初から
ヴァルハラは何時ものように拳銃を取り出し、距離を取っている。対するシルヴェーヌさんも鞭のような物を取り出して、こちらも近づく事なく様子を窺っている。
間合いという観点で言えば多分、ヴァルハラの方がより距離を取って戦う事ができるはずだ。
最初に仕掛けたのはシルヴェーヌさんの方だった。
地面を叩く鞭の音は雪でぬかるんでいる事もあり、汚らしい感じに聞こえるけど、その威力は軽く地面を抉ってしまうほどだった。
そんな鞭での攻撃をヴァルハラは軽々と回避し、一向に当たる気配は見せない。
「エルフ族お得意の鞭での攻撃だが、その程度の腕前では私には当てる事はできんぞ」
その余裕がどこから出てくるのか分からないけど、取り敢えずヴァルハラは今のままだと鞭での攻撃はさほど脅威と言う訳ではないらしい。
「良く言いますね。私はエルフ族の中でも鞭の腕ではかなりの物だと自負しています。そんな私の攻撃を何時まで躱せるでしょうかね」
「ほう、かなりの腕前と来たか。シルヴィアよりも上と言う事かな?」
シルヴィアさんと言うのは確かヴァルハラの元パーティー仲間でエルフ族の次期女王様だったはず。
「なぜあなたのような者がシルヴィア様の名前を。いいえ、名前だけならまだしもその腕まで知っていると言う事はあなた何者ですか!?」
「なぁに。名乗るほどの者じゃない。ただちょっとシルヴィアの事を知っているだけさ」
シルヴェーヌさんは怪訝な表情をするが、何かを思いついたようにハッとした顔に変わった。
「そうですか。あなたですか。シルヴィア様が一時期どこかへ行かれて帰って来た時、
「そんな事もあったかな。あまりに前の事なんで覚えてないんだが」
はぐらそうとしているのか曖昧な回答をするヴァルハラだけど、シルヴェーヌさんはヴァルハラを険しい顔で睨みつけている。全くはぐらかせていなかったようだ。
「この戦いに参加して良かったです。レガリアを集めるだけでなく、シルヴィア様を唆した相手まで見つかるとは思っていませんでした」
シルヴェーヌさんは一度、鞭で地面を叩くと気合の入った顔に変わった。シルヴェーヌさんは鞭が届く位置までジリッ、ジリッと近づくとヴァルハラの手を狙って鞭を放った。どうやらヴァルハラの拳銃を叩き落とそうとしているようだ。
だが、そんな見え見えの攻撃はヴァルハラには通じない。ヴァルハラが大きく後ろにジャンプして回避したのだが、距離が十分に開いたのを確認するとシルヴェーヌさんは鷹木さんに合図を送った。
「超えよ、シルヴェーヌ!」
鷹木さんが
「
詠唱が終わるとシルヴェーヌさんの後ろで、どこからか現れた水が渦を巻き、人の形を作り出した。水でできた長い髪が特徴的なロングドレスを着ている女性の姿をした精霊だった。
ふわふわと浮く精霊は優しそうな顔でこちらを見ている。その表情からはとても戦るような感じはしなかった。
「
「えぇ、一体よ。何か不満でも?
シルヴェーヌさんは何を考えているのか
「相変わらず残酷なやり方だな。痛めつけないと本気で戦わないのだから仕方がないのか」
「えぇ、そうよ。精霊って優しい子ばかりだからね。こうして怒りを与えてあげないと本気で戦ってくれないのよ」
精霊の顔は元の顔とは明らかに変わっており、優しい顔をしていたころの面影もなくなってしまった。怒りに震える精霊が今か今かとシルヴェーヌの許可が出るのを待っているようだ。
「行きなさい。
言葉を聞くや否や精霊はヴァルハラの方に向かって飛んでいく。精霊の周りには水の塊が何個も浮遊しており、その塊をヴァルハラに向かって放ちながら。
ヴァルハラは拳銃から魔弾を弾きながら水の塊を撃ち落としていく。水の塊は全部落とす事ができたが、精霊本体は撃ち落とす事ができなかった。精霊は自分の体の中に取り込むようにヴァルハラを拘束する。
「フフフッ。これであなたは呼吸もできないわ。シルヴィア様に無礼を行った事を反省しながら死になさい」
私があんな状態になってしまえば呼吸もできずもがきにもがいて窒息してしまうのだろうけど、ヴァルハラは一切慌てる様子はない。
「『懲罰の仮面』って言うのは意外と便利な物でな。水の中に入ったとしても呼吸はできるのだよ」
ヴァルハラは精霊の体の中で拳銃を構える。そんな所で拳銃を構えた所でどこを撃つつもりなのでしょうか。それでも構わずヴァルハラは拳銃にどんどん魔力を籠めて行く。
魔力が拳銃に溜まり始め、拳銃が発光し始める。その光はだんだん強くなっていき、拳銃が白く光り始めると精霊が苦しみ始めた。
「ギャァァァァァ!!」
頭を掻きむしり、体の中にいるヴァルハラを取り出そうとするが、ヴァルハラの方が精霊の中で抵抗して出て行こうとしない。
精霊の体から煙のようなものが出始めて、徐々に精霊の体が小さくなっていく。どうやらヴァルハラは拳銃の熱で精霊を蒸発させているみたいだ。
精霊の体がヴァルハラの体より小さくなると、ヴァルハラは精霊から少し離れ、引き金を引いた。
「精霊で私を殺そうとするのなら、複合精霊ぐらいは出してもらわないとな」
凄い。
「私の可愛い精霊を。許さない」
怒りに満ちた表情でシルヴェーヌさんが鷹木さんの方を向く。鷹木さんは頷くと再び目を瞑り、集中し始めた。
「超えよ、シルヴェーヌ!」
まさかの
「魔力が元の量にまで戻っていれば平気だな。多分、シルヴェーヌは精霊を出すのに増えた分の魔力をすべて使ったのだろう」
なるほど。それなら魔力が自分の許容量を超える事はないって事なんだ。
「全ての者に踏まれし者。我の呼びかけに応じ地の底から姿を現せ
シルヴェーヌさんの足元の土が盛り上がり、精霊が姿を現した。私がイメージする
「いや、男性の姿をした精霊も居るぞ。とは言っても召喚者のイメージが強く反映されるから同じ精霊でも姿かたちは違うけどな」
そう言う物なんだ。じゃあ、この精霊が女性の姿をしているのはシルヴェーヌさんがこう言う物だろうって思っていると言う事か。
再び精霊をシルヴェーヌさんが鞭で打ち付けるとやっぱりその顔は恐ろしい顔に変わって行った。
「行きなさい!
精霊は地面に手を付けると大きなハンマーを作り出した。土でできたハンマーだけど、その大きさは一撃でヴァルハラを潰せるような大きさだった。
その大きなハンマーを構え、精霊はヴァルハラに向かって行く。ヴァルハラはその攻撃を躱しながら精霊に拳銃から伸ばした剣で攻撃をしていくが、精霊には全く効いていないようだ。
あの土……と言うか岩のような体にダメージを与えるのは難しそうだ。それでもヴァルハラは諦めず、何度も何度も精霊に攻撃をしていくと私はある事に気が付いた。満遍なく攻撃をしているのだが、ある一点を攻撃する時だけ明らかにヴァルハラは力を入れている事に。
「そろそろかな。消えてもらおうか」
ヴァルハラは拳銃に魔力を籠めると一気に引き金を引いた。狙ったのは先ほど力を入れて攻撃していたカ所だ。硬そうな体に罅が入っており、ヴァルハラはそこを狙って魔力弾を放ったのだ。
魔弾が精霊を綺麗に撃ち抜く。硬そうな体だったけど、罅の入った所に命中した魔弾は弾かれる事なく貫通した。精霊は一歩、また一歩と歩くたびに体が崩れて行き、ヴァルハラの目の前に来る頃にはその体は土に帰って行った。
「さて、どうする? 後一度、
三度目の
使うべきか使わざるべきか。ただ、使わないとシルヴェーヌさんがヴァルハラに勝つには難しそうな気がする。
「三度目は使いません。私があなたを倒せばそれで済む事!」
私の予想に反してシルヴェーヌさんは
シルヴェーヌさんの鞭が空中でダンスを踊る。シルヴェーヌさんの思い通りに動く鞭は見ている私でもどうやって避けたらいいのか分からないほどだ。
だけど、ヴァルハラはその攻撃をすべて避けて見せた。鞭の動きに合わせ、華麗にステップを踏み、いつの間にかシルヴェーヌさんの後ろに回り込んでいる。
「私の勝ちだ。再びシルヴィアに会う事ができたらよろしく言っておいてやる」
ヴァルハラは拳銃に溜めていた魔力をシルヴェーヌさんに向けて放つ。後ろから頭を撃ち抜かれたシルヴェーヌさんは両膝を地面に付き、ゆっくりと地面にキスをした。
本当にヴァルハラは
「そんな……。シルヴェーヌが……。シルヴェーヌが……」
完全に体の力が抜けてしまっている鷹木さんが何度もシルヴェーヌさんの名前を呼ぶ。その気持ちは少し分かるかもしれない。私もヴァルハラが倒されてしまったら同じような状態になるだろうと予想できる。
光がシルヴェーヌさんを包み込み、シルヴェーヌさんの体がこの世界から消えてしまうと、ヴァルハラの手には緑色の宝石が握られていた。
「来ないで!!」
私は鷹木さんに近づこうとしたけれど拒否されてしまった。
「約束は……、約束は守るわ。釆原君の家から出て行けばいいのよね。もう、釆原君の家にはいかないわ」
確かにそう約束はしたのだけど、本当にこれで良かったのか私は葛藤をし始めた。紡の隣に私は居たい。そのために障害となる物は排除しなければいけない。けど、私がとった行動が本当に正しかったのか自信がなくなってしまった。
鷹木さんだって紡の事が好きなんだ。それを私の想いで、我儘で、引き裂くような事をしてしまってよかったのでしょうか。
「やっぱり……」
そう言いかけたけど、鷹木さんの姿はすでにそこにはなかった。
「自分の選んだ道だ。それが茨の道でもしっかりと歩いて行くんだ」
ヴァルハラが私の肩に手を置いてくれた。私はその言葉に顔を上げ、雪の降る公園を後にする。
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